悪夢と子供(2)
堂島薫(No.7)は、闇の中でその青年と向かい合っていた。
青年は、彼の威圧感のたっぷりとこもった目線を真正面から受けているにもかかわらず、
物怖じもせずにそう言い放った。
「ヒヒヒ……いっぱしの口を利きおるではないか、小僧。政界を目指していながら、ワシを知らんのか?」
「存じ上げておりますよ、堂島先生。」
「ほう……それを知っていながら、ワシに意見するか。ヒヒ…… 面白い。
少しだけ付き合ってやるから、言いたいことを言ってみろ。
ただし。面白くなかったときは…… 分かっておるな?」
「先生、脅してらっしゃるおつもりですか? ……ならば勘違いも甚だしい。」
「勘違い。」
「ええ、勘違いです。」
「20人以上のボディーガードを抱え、わかめ組とのパイプを持つ堂島と知っておりながら、
なお、勘違いだと言うか。」
「ええ、勘違いですね。なぜなら今のあなたには…… 誰一人付き従っていないではありませんか。」
「なん…… だと?」
「思い出されるといい。ここがどこなのかを。」
「ここは……」
「島、だ。」
……場面転換。
虎の仮面をかぶった男が殺された、あの時のあの部屋に、堂島がいる。
『たったの40人、いや一人死におったから39人か。堂島薫をなめるなよ。』
「おやおや、先生が笑っていますよ。さすがは数々の修羅場を潜り抜けてこられた堂島先生。
命のやり取りなどは恐れませんか。」
「……そうだ。勝つつもりでいた。」
「先生は生粋のサディストですからね。周りの皆が萎縮していれば萎縮しているほど、
やる気をお出しになられるんでしょう。」
……場面転換。
配布された『ジンジャー』に乗り、背後から聞こえてきた一発の銃声に、顔面蒼白となっている、堂島がいる。
『こんなもので、拳銃相手にどう戦えと言うのだ!! 不平等だ!!』
「おやおや、先生が震えておいでですね。」
「……そうだ。震えていた。」
「世の中はなべて不平等。そんなこと、先生はとっくにご承知のはず。いまさら何をおっしゃるのやら。」
……場面転換。
公園の洋式便所に腰掛けながら、必死で己の一物を擦り続ける堂島がいる。
『女なんて調味料のようなものだ適度に楽しみ飽きたら捨てる女なんて調味料のような……』
「おやおや、女教師をいたぶられるときは萎え知らずの先生の一物が、全然大きくなりませんね。」
「そうだ。勃たなかった!」
「恐れの余り萎縮しているご自身の心を、一物に投影されたのですね。勃てば恐怖を克服できると。」
……場面転換。
腹の上で暴れ狂う筋肉の塊に対して抵抗することも出来ず、体を自由にされている堂島がいる。
『ヒヒヒ、ヒィィィ!!ゆ…… 許してくれ……』
「おやおや。先生が泣いていますよ? 泣くことでしか自己主張できない赤ん坊のように。」
「そうだ、泣き叫んでいた!!」
「実際のところ先生は、何を許して欲しかったのですか?
陵辱を? デス・ゲームを? それとも、犯してきた数々の過ちを?」
「……。」
「……これが、弱いものを見下している、先生の正体です。
それは、努力せぬ先生です。知恵を働かせぬ先生です。
雛鳥のように上を向いて口を開け、ただ座して待っている先生です。
機嫌を損ねるとぴいぴいと泣くだけの。」
「違う。ワシは勝利者だ。己の才覚で財を掴んだ。」
「先生はさっき見てきたものを、もう忘れたとおっしゃる?
この島に着いてから、先生は何をしましたか?
得物がハズレだと言い訳して、逃げ、隠れ、萎縮して、泣き叫んだだけで、
生き残るために必要な努力は、何一つしていないではないですか。
これを弱者と呼ばずして、なんと呼びますか?」
「違う。ワシは勝利者だ。己の才覚で財を掴んだ。」
「いい加減認めましょうよ。
結局のところ、先生は拗ねていただけなんですよ。
自分は頑張った。その身を犠牲にしてまで、みんなのために尽くした。
だけど、だれも頑張ったねと頭を撫でてはくれない。
褒めてとねだるには大人になりすぎた。
だったら、周りがバカだということにしておけば、自尊心が保てる。
……実に幼い精神の持ち主だったのですよ、先生は。」
「違う。ワシは勝利者だ!!」
「金の力をご自分の力だと錯覚されていただけですよ。
金を持たない先生に残るのは、根拠のない自信と矜持だけ。
そしてさきほど、その自信と矜持すら筋肉女にズタズタに引き裂かれた今の先生には、
もう何も残っていない。まるで体の大きな5歳児だ。」
「違う!!」
「何度でも言いましょう。先生は子供だ。」
「違う!!」
「先生は子供だ。」
「なにを、わかったような!!」
「わかりますよ。」
「……なぜわかる。」
「なにせ私は…… あなたですから。」
慄く堂島を見下すその顔は…… 若かりし堂島のそれだった。