別離と帰還(5)
(一日目 05:55)
今、知佳は島の東端から離れること2kmほどの沖合いを、島に向かって飛んでいた。
「天使のようだ」と耕介を感動させた、純白のフィン(光の翼)を力弱く震わせながら。
(夜、明けちゃったよ……)
昨晩、学校から出発するや、知佳はXXの飛翔能力を使って島からの脱出を試みた。
しかし、進めども進めども、波の向こうに広がるのはただ波ばかり。
島や船など影も形も見当たらなかった。
それから4時間余り経ち、今。
飛びつづけたことでの疲労と、深夜から明け方にかけての冷え込みは相当堪えたらしい。
休養を取るために、本当なら2度と足を踏み入れたくないあの島へと、
泣く泣く戻っているところだった。
この瞬間にも人が人を殺しているかもしれない、恐ろしい島に。
唐突に。
(……あ。あれ?)
ふ、と目の前が暗転すること数秒。
超能力を濫用したときに起こる、猛烈な倦怠感が襲ってきた。
意志の力を無視して、肉体の力で無理やりブレーカーが下ろされる前兆だ。
(おかしいな、いつもならもう少し飛べるのに)
それは緊張・疲労・恐怖が、脳に過負荷を与えていることを考慮に入れず、
ラボの実験と同じ感覚で自分の限界を測ってしまった、知佳自らが招いた危機だった。
集中力が途切れたら、飛翔能力は解除されてしまう。
海の藻屑になってしまうことは明白だ。
……血の気が引く。
そして、引いた血の気と共に再度意識が途切れかかる。
(お姉ちゃん、リスティ、さざなみ荘のみんな……)
(おにいちゃ…… ん……)
またしても暗転。
(あいたい、よ。)
知佳の願いも虚しく、引力は無慈悲に彼女の体を下へ下へと押しやる。
(もうだめ…… なの、かな……)
知佳の頭を『あきらめ』がちらついた、まさにその瞬間だった。
「こっちだ!!」
ぼやけた意識に、叫びという名の楔が打ち込まれた。
視界がクリアになる。
「こっちだ!!」
声のするほうを見やると、灯台の上から、誰かが知佳を呼んでいた。
ぶんぶんと手を振って。声を限りに。励ましている。
(だれ、だろう…… 遠くて…… 顔が見えない……)
聞いたことの無い声だと気付きかけた知佳だったが、
疲れきった体と麻痺した頭では、物事を深く考えることはできなかった。
(わたしを待っていてくれる人、が、あそこにいる…… 行かなくちゃ……)
(おにいちゃん、かな…… それとも、おねえ、ちゃん…… か……)
知佳は疲労と重力に耐えながら、声に向かって飛んでゆく。
ふらふら、ふらふら。
誘蛾灯に誘われる蛾さながらに。