硝子の心と蛇蠍の心(2)

Prev<< 1st >>Next


鬼作(No.05)は、その表情を見逃さなかった。
(後ろから声をかけられて驚いた……って感じじゃねぇなぁ。)
アズライトが何に驚いたのか分からないが、とりあえず手札の一枚として、胸にしまっておく。
 とん、とん
彼はアズライトの注意を文字に向けるため、数度軽く紙を叩く。
「……。」
 ばさり。
鬼作は、手に握っていたノートを落とした。わざと。
アズライトの目線が、手元の文字を読み終えたのをしっかりと確認してから。
「やや!!
 大した怪我ではないのかと思っていましたが、こうして見るとひどい火傷ではありませんか!!
 この鬼作めのお話は後回しでようございます。まずはお体のお手当てを。」
青い顔をして泉に走りこみ、首にかけた伊頭家のトレードマーク、黄色いタオルを泉に浸す。
「お体をお拭きいたしましょう。ささ、お胸をこちらへ。」

アズライトは、その様子に困惑した。
(今、ぼくたちは……殺し合いのゲームをしてる最中だよね?
 このおじさん、どうしてぼくの体を気遣うの?)
……油断させて、近づいたところで首を掻く。
一瞬、そんな考えが頭をよぎるアズライトだったが、彼の五感が、その考えを否定する。
殺意、なし。敵意、なし。
(だとすると……)
先ほど男が握っていた紙に書かれていた言葉を反芻する。
 『首輪は盗聴器だ。声を出すな。』
 『この島から脱出する方法を知っている。』
(盗聴器……なんのことか分からないな。
 でも、この島からの脱出方法を知っているとすれば。)
この男は、自分を助けようとしているのではないか。

「え……えとあの、ぼくは……
 ご心配していただかなくても、すぐに治る体質なので。」
なぜか真っ赤になってうろたえるアズライト。
その表情からは、既に4度の戦いをこなし、2人を屠っている者とはとても想像がつかない。
「なにをおっしゃいます。お体こそ資本。自分をもっと大事にしなくてはいけませんですよ。」
「ぼ、ぼくは……」
少しの躊躇い。そして。
「デアボリカですから……」
俯き加減でそう告げる。その名は災厄。
誰もが恐怖を覚え、無言で立ち去っていく。その宣言。
しかし。
「お兄さんが何者であっても、この鬼作、怪我人を放っておくなどできませんです。」
鬼作は別段気にする風もなく、タオルを絞っている。
さすがの彼でも、アズライトが生きる世界の住人だったらこうも平静ではいられなかっただろう。
たまたまデアボリカが何であるのか、知らなかっただけだ。
だが、己の正体ゆえ辛い思いをし続けてきたアズライトにとって、鬼作のこの態度は福音だった。
(ぼ……ぼくがデアボリカだって分かっても、この人は普通に接してくれる……)

「……なにを泣いていらっしゃるのでございますか?」
「ぼ、ぼく……嬉しいんですよ……
 人間に体の心配をしてもらったなんて、レティシア以外初めてで……」
ただでさえ殺戮と疲労に張り詰めていたアズライトの硝子の心は、
鬼作の見え透いた親切心と1つの誤解によってたやすく打ち砕かれてしまった。心地よく。
「ささ、準備が出来ました。こちらへお越しください。
 この鬼作が、綺麗綺麗に、お体をお拭きしましょう。」
「お、お願いします……」
アズライトは、陶然とし、鬼作に身を任せる。


「そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたねぇ。」
「ぼ、ぼく、アズライトといいます。」
「アズライト!!
 くっくっく……実に異人さんらしい、格好よろしいお名前でございますね。」
「そ、そうですか?あなたのお名前は?」
「ワタクシは鬼作と申しますです。
 とっても気さくな鬼作さんとでも覚えといてくださいまし。」

(ふぁーすとみっしょん・こんぷりーとだぜ、おい。
 次は、どうやって『計画』に乗せるかだが…… このアズやん、とんだ純情ちゃんみてぇだな。
 だったら、利より情……で攻めるかねぇ。へっへっへ。)
照れるアズライトの背中をタオルで拭きながら、鬼作はほくそ笑む。邪悪に。



Prev<< 1st >>Next