誤解に始まり、悪意が加速させる。(1)
(1日目 4:00)
その男は、屋上で紫煙を燻らせていた。
オールバックの髪、エリを立てたベージュのトレンチコート。
そして左手に、COLT.45 M1911A1 コンバットコマンダー。
飾り気のない無骨なデザインの、男のための銃。
ハードボイルドの主人公のイメージをそのまま投影したかのような外見のその青年、海原琢磨呂。
貴神雷蔵の企みを見抜き、一撃で葬り去った男。
「ロシアじゃ、銃で凍傷を起こすことがあると話に聞いていたが……」
琢麿呂は銃を右手に持ち替え、左手にはぁ、と息を吐く。
「洒落にならんな、この冷え込みは」
ならば屋内に入ればよい。
銃を懐に仕舞えばよい。
しかし、そうもいかない十分すぎるほどの理由があった。
「ヤツが……ファントムがいるからな」
そう。
ここは、病院の屋上。
琢麿呂は胸ポケットから愛用のマルボロを一本取り出すと、ジッポで火をつけた。
……3時間ほど前。
琢麿呂は病院に侵入し、万一のための救急用具を漁っていた。
そこへ、少女を担いだ、銀髪の少女が侵入してきたのだ。
……人を背負っているにもかかわらず、足音1つさせないで。
息を切らすことなく。
「近づいてきたら殺る」つもりだった琢麿呂は、少女の顔を見て思い留まる。
その顔は、しがない私立探偵でしかない琢麿呂でも知っている顔だった。
―――インフェルノ1の殺し屋、ファントム。
あるいは……世界一の。
勝ち目がないと判断した琢麿呂は、彼女たちが近づく前に、屋上へ転進したのだった。
……そして今。
「1時間もすれば出てゆくかと思ったが……」
病院の出入り口を見下ろしながら、琢麿呂は一人ごちる。
ファントムは、いつまで経っても出てゆかない。
眠っているのかもしれない。
ならば、仕留める絶好のチャンスだ。
しかし、眠っていないのだとしたら、十中八九返り討ちに会う。
「持久戦だな」
生あくびをかみ殺しながら再び出入り口に目をやった琢麿呂は、そのとき、
病院に侵入しようとする2つの影を見とめた。
「……チャンスなのかもしれん」
咥えていたマルボロを吹き捨てると、彼は屋内へ続く重々しい扉を開けた。