あいがんどうぶつ
しおり
(1日目 9:40)
「勿体ねえなぁ……
もうちょい綺麗に壊してくれてりゃ、死体でもよかったんだがよぉ」
小屋から離れようとしていたしおりが振り返ると、愛の死体の脇に、初老の男が立っていた。
薄汚れ、縮れ煤けた鼠色の作業服。
粗野と好色の悪いところだけを掛け合わせた容貌に、猛禽類の獰猛な瞳。
しおりの記憶に、この島の現実を刻み付けた男―――伊頭遺作。
「こっちの別嬪さんは、十分使えそうだな」
愛の死体を無造作に踏み越えた彼は、シャロンの死体まで歩み寄り、しゃがみ込むと、
「あぁ、柔らけぇなぁ……それにまだ温いぜ……」
もにゅ、もにゅ……
恍惚とした表情でその質感たっぷりの胸を揉みほぐす。
「これ、テメエがやったのか、嬢ちゃん?」
そこで、初めて遺作はしおりに目を向けた。
「こ、来ないで!」
しおりは、咄嗟に日本刀に手を伸ばす。
が、短いリーチが仇となり、がちゃがちゃと音を鳴らすだけで、刀身を鞘から抜き出せない。
「おいおい、末恐ろしいガキだなぁ。ポン刀振り回すってかぁ?」
大袈裟に肩を竦め、身を震わす真似をする遺作。
明らかに状況を―――子羊の怯える様を楽しんでいる。
「そんな物騒なもん、子供にゃ危険だぜ。俺が預かってやるから、こっちへ来な」
へらへらと笑いながら両手を広げ、しおりに歩み寄る。
「こないでっ、こないでっ、こないでっ」
かちゃ、かちゃ、かちゃ、かちゃ。
日本刀は抜けない。
遺作はさらに数歩近づき。
「ぃやあっ!」
重圧に負けたしおりは日本刀を投げ捨て、一目散に森へ向かって駆け出す。
遺作
―――直後。
「ぎっ!」
しおりのふくらはぎに鋭い痛み。
そのままがくりとバランスを崩し、前のめりに転倒。
……しおりの右足には、遺作の投じたワイヤーロープのフックが突き刺さっていた。
「おいおい。まだおぢさんのお話は終わってないんだからよ……」
遺作は、片手にワイヤーロープをしっかりと握りながら、余裕の表情で歩み寄る。
「助けて、さおりちゃん!」
「何座り込んでるの、しおりちゃん!速く逃げないとダメだよぉ!!」
「あ、足が痛くて、立てないの……」
「うわっ!とげとげしたのが刺さってるぅ!!抜くよ、いい?」
「しおりちゃん、わたしのことはいいから、はやく逃げてぇ!!」
この会話は全て、1人の少女の口から出た言葉だ。
しかし遺作は、余りにも奇妙な情景を、全く意に介さなかった。
混乱したメス、演技するメス、壊れたメス。
この男は見慣れていた。
「くるなぁ!この「へんたいじじい」めっ!」
「……ひあっ!」
「これからナニされるか、わかってるってか? 嬢ちゃんはおませさんだなぁ……」
身動きの取れないしおりは、とうとう遺作にゼロ距離まで詰め寄られてしまう。
這ってでも逃げようとするしおりに、遺作は悠々とのしかかる。
遺作としおり
しおりは感じた。
尻に擦りつけられている熱い剛直を。
大好きなおにいちゃんに買ってもらった、宝物のスカートの上から。
そのとき彼女の心を満たしたのは、恐怖感でも嫌悪感でもなかった。
―――屈辱感。
おにいちゃんとの想い出が、恋する想いが、汚されている。
涙が出てきた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、ぽろぽろ。
「スカートはやだよぅ……」
そう哀願したのは、しおりなのか、さおりなのか。
そんな彼女の切なる願いを耳にし、震えを体全体で受け止め、遺作はたまらない興奮を覚える。
ジッパーを下ろし、直にそれを取り出すと、あえてスカートばかりに擦りつける。
「やめてよぅ、やめてよぅ……」
嫌がれば嫌がるほど、行為がエスカレートするのだとは、幼い頭では思いもよらないのだろう。
「やめないよぅ、やめないよぅ!」
しおりの泣きまねすら始める始末だ。
「いやだよぅ、スカートはいやだよぅ……」
「いいよぅ、スカートがいいんだよぅ!!」
遺作の腰の動きに、余裕が無くなる。
それまで回したり、微妙な緩急をつけたりと、変化を楽しんでいた動きが一変。
尻たぶに挟み込んだ格好で、一直線に、速いペースの上下動がくりかえされ……
「うぉっ!!」
「だめぇぇぇぇぇぇっっっ!!」
どくん、どくん、どく、どく、ちゅる……
蕩けるような快美感の中、遺作はしおりの想い出を白濁液で汚した―――
さおり
(1日目 11:00)
「世も末だぜ……まさか非処女とはなぁ……俺ぁ、じぇねれーしょんぎゃっぷを感じたね」
きし、きし、きし、きし……
摩擦音に湿り気が足りないのは、レイプの対象がシャロンの死体だからだ。
しおりに2度、その精を放っておいて、休憩なし。
彼女の破瓜役を務められなかったことに落胆した彼は、口直しと称してシャロンにも挑みかかったのだ。
じき還暦を迎えようという身としては、超人的ともいえる精力だ。
しおりは―――目を覆いたくなるような姿で、小屋脇に放置されていた。
身に付けているのは、ピンクのシューズと、ぽんぽん付きの靴下のみ。
幼い顔に、薄い胸に、か細い四肢に、余すところ無く刻印された歯型とキスマーク。
陰りの無い脚の付け根から太ももへと続く濁ったぬめりは、容赦なく体内に放たれたことの証。
そして、何より痛々しいのは―――しおりの首輪にワイヤーロープが括り付けられていることだ。
まるで、外飼いの犬のように。
しかし―――今の彼女は、抵抗もせず蹂躙されていた先ほどまでと、目の色が違う。
身に纏う空気も、鋭いものに変容している。
未熟ながらも、それは「殺気」とすら呼べるものだ。
(お爺さん、シャロンお姉ちゃんを犯すのに夢中。今なら……)
逃げられる。
これがしおりであれば、そう思っただろう。
(わたしとえっちしていいのはお兄ちゃんだけなのに……
あのスカートを脱がしていいのはお兄ちゃんだけなのに……)
しかし、今の彼女は……放心したしおりに取って代わった、さおりだった。
(「れいぷはん」は、殺す)
しおり(さおり)は、音を立てないよう、慎重に遺作の背後に歩み寄ると、
再び手に握ったガラス片を水平に握り、首筋に向けて全力で薙いだ。
ざしゅ!
肉を切り裂く、確かな手ごたえ。
遺作とさおり
「残念だったなぁ……俺ぁ気配にゃ敏感でなぁ」
すぐ横から、聞こえる筈のない声を耳にし、しおり(さおり)は反射的に首を横に回す。
そこには、大動脈を切りつけたはずの、遺作がこわい笑みを浮かべて立っていた。
「うそ……」
握ったガラス片の先を見やると、そこには褐色の肌。
それは遺作の肌の色ではない。
「シャロン……お姉ちゃん!?」
しおり(さおり)が切り裂いたのは、遺作が盾代わりに突き出した、シャロンの体だった。
ゲリラ戦まがいの拉致監禁を常套手段とするこの男のスキを突くなど、
幼い少女には荷が重すぎたのだ。
「元気なのは結構だが、そういうおイタはいけねえぞ」
遺作は、素早くしおりの手をねじり上げ、ガラス片を取り上げると、
「主人の手を噛むようなわんころは、しっかりしつけねえとな」
その掌を強引に開く。
「な、何する気っ!?やめてよ!!」
―――ぱき。
乾いた音。
それに続く甲高い悲鳴。
……しおり(さおり)の親指は、手首の方を向いていた。
「あぎいいいいいいいいいい!」
折れた親指を抑えながら、転がりまわるしおり(さおり)。
遺作は彼女の前髪を掴むと、その顔を自分の正面に持ってくる。
吐息を感じられる距離まで。
そして、射抜くような目線でしおり(さおり)の瞳を捉えると、
「嬢ちゃんは俺のペットだ。飽きるまで飼ってやるから、黙って尻尾振ってろ」
重々しい声で、宣言した。
しおりとさおり
(1日目 11:59)
遺作は、さおりとの身長差も右足の怪我も考慮しないで、自分のペースで歩き始める。
彼が目指すのは、湯治場。
地図によると、山の北東の麓、西に大きくカーブを描く農道の突き当たりに、それはあるらしい。
「年ィ考えずに、はっするしちまったからな」
満足げな、けだるい笑みを浮かべて、遺作は舌なめずりする。
「今夜は露天風呂で月見酒と行きたいねぇ。けへっ」
しおりはそんな彼にロープで引きずられ、びっこを引いて付いてゆく。
身に付けているのは、ピンクのシューズと、ぽんぽん付きの靴下のみ。
フックの傷も、折れた親指も、全く手当てされていない。
「えく、えく……さおりちゃん、さおりちゃん、足が痛いようぅ……」
「がんばれ、しおりちゃん。わたしが肩を貸してあげるから」
「ありがとう……ゴメンね。さおりちゃんも、親指、折れてるのに」
「気にしないでいいよぅ。わたしは足を怪我してないから、歩くのはだいじょぶだし。
それに……しおりちゃんは、たった一人のお姉ちゃんだもん!
ずっといっしょにいようね」
「うん、やくそく。ずっといっしょだよ」
言葉だけの空約束ではない。
さおりとしおりはいつもいっしょ。
心も体も、融け合って一つ。
♪じーんせーい らーァくぅあーりゃぁ くうぅぅもあぁるゥさァ〜〜 っと。
しおりは、調子外に歌いながらロープを引く遺作の背中を見つめる。
右目を怯えに潤ませ、左目を殺意に燃やして。