ひとりとふたり、でもふたり

Prev<< 2nd >>Next


しおり・1

(一日目 9:14 小屋跡)

瓦礫の下、しおり(No,28)は泣いていた。
数分前と変わらず、能面のように一切の感情を否定している表情で。
叫ぶでもなく、悲しむでもなく、ただひたすらに瞳から涙が流れつづける。
心を閉ざし切れないから。
開放すれば狂ってしまうだろうから。
しおりは涙を流し続けた。
悲しみ、怒り、恐怖、怯え、焦り、痛み。
今にも自分を押し潰してしまいそうな感情を少しでも軽くする為に。
しおりは泣き続けた。

「………何泣いてるの?」

―――すぐ側から、声が聞こえた。

「……えっ?」
しおりの顔に感情が戻る。
彼女はとっさに傍ら―――既に冷たくなっている筈の―――さおりを見た。
「ひっどい顔になってるよ。しおりちゃん」
そこには、自分の顔を心配そうに覗き込むさおりがいた。
「さおりちゃん!」
「……愛お姉ちゃんが、死んじゃったの?」
「う、……うん。それよりさおりちゃんこそ大丈夫なの!?」
「うん、あたしは平気よ。……ちょっと眠っちゃったけど」
「そ……そうなんだ……良かった……良かったよぅ……ヒック」
しおりの眼から更に涙が溢れる。
しかしこれは―――嬉し涙だ。
「そんなに泣かないで、しおりちゃん。……ねえ、ここから出れる?」
「グスッ……うん、どうかな……よいしょ、よいしょ……」
先ほどクレア達を覗いていた隙間から這い出てみようとする。
だが隙間は狭く、小柄なしおりでも出ることはできないようであった。
「……ダメみたい……どうしよう?誰か近くにいるといいんだけど……」

―――しおりは気づいていない。
   先ほどからの全ての言葉が、さおりの物も含めて全て自分の口から出ている事に。
   さおりの死体が既に死後硬直し始めている事に。
   そして―――己が発狂しかかっている事に。

『……そこに誰かいるの!?』
その時、瓦礫の外から女性の声が聞こえた。


シャロン・1

(9:12)

「これは……ひどいわね……」
その光景に思わずシャロン(No,39)は呟いた。
複数の人間の気配を感じた病院近辺を避け、一路西へと向かっていた彼女が聞いた物は
爆音であった。それに続いて絶叫、金属音、悲鳴。
ある程度状況が落ち着くのを待って来てみたら、そこは廃墟となっていた。
(よほど激しい戦闘があったのね……これだけの破壊となると、魔法かしら?)
今にも二次崩落を起こしそうな部分に用心しつつ、辺りを調査する。
「………ん?」
少し向こうに誰かが倒れていた。顔は見えないが、ブルマー姿の少女のようだ。
腰の日本刀に手を掛けつつ、ゆっくりと近づく。
「うっ!?」
しかし、シャロンには彼女の顔を確認することはできなかった。
右足が潰れているその体には、首から上が存在しなかったのである。
シャロン自身戦争の最前線で様々な死体と直面し、また自分で光の戦士達の死体を
数多く作り上げてきたのは事実である。
だが、年端も行かぬ少女の死体というのは何度見ても慣れるものではなかった。
「かわいそうにね……」
闇の勢力での祈りの言葉を静かに言う。彼女がどういった神を信じていたかは知らないが、
これがシャロンにできる精一杯の弔い方だ。
その時、
「(………ダメ……誰……近くに……)」
微かな、本当に微かな声が耳に届いた。
「!!……そこに誰かいるの!?」
再び構え、声のした方向を見やる。
しかし、そこには一見誰の姿も無かった。だだ瓦礫が積み重なっているだけ……
「……ここですっ!この下ですっ!!」
いや、声が聞こえてくるのはその下からだ。
あわててシャロンはそこに駆け寄った。
「この下!?」
「は……はいっ!!」
幼い声が返ってくる。
スタート地点にいた面々の内、二人の幼い少女がいた事をシャロンは思い出した。
その一人だろうか?
「体が挟まって出られないの!助けてっ!」
「わ、分かったわ!」
シャロンはそう言うや日本刀の鞘をてこ代わりにして、上のコンクリートの撤去を開始した。
彼女自身、このゲームには決して乗り気ではない。
救える者がいるのなら、それを手助けしたかった。


シャロン・2

―――20分後、ようやく瓦礫が取り払われた。
埃が静まるのを待って、中の状況を見る。
そこには、二人の少女が倒れていた。
一人は大きなコンクリートの塊が上に乗っており、既に死んでいた。
幸い、もう一人の方は直撃を受けることも無く、外傷は少ないようだった。
「……平気?立てる?」
ゆっくりと差し伸べた手を弱弱しく握り返す少女。更に近づいて抱き起こし、とりあえず
瓦礫の所から脱出する。
「……も、もう大丈夫です……立てますから……」
そう言われてシャロンは彼女の体を静かに下ろした。
「……あ、ありがとうございました……」
小さい声ながらもはっきりと礼を言う。とりあえずは大丈夫なようだ。
「いいわよ、別に……私はシャロン。貴方は?」
「あ、しおりです。……あと、こっちが私の妹のさおりちゃん」
あらぬ方向を示す少女。無論、そこには誰もいない。
良く見ると目の焦点もあまり合ってはいない。
(……肉親の死によるショックからまだ回復しきっていないのね……)
戦場で、似たような症状の兵士を見たことのあるシャロンはすぐに理解した。
まだこの少女と別れるのは彼女にとって危険であった。
最悪、自殺を計り兼ねないのがこの状態なのだ。
死者が生者を呼ぶのだ、などと神官は言っているがまんざら嘘ではないのだろう。
一瞬だけシャロンは考え、決めた。
「ねえ、貴方……私と一緒に来ない?」
「え……?」
「お互い一人じゃ不安でしょ?どう?」
「は……はいっ!お願いしますっ!!」
彼女も不安だったのだろう。ぱっと表情が明るくなった。
良い笑顔をする少女だ。
「さて……と、それじゃ少し待ってて。自分の荷物を取ってくるわ。貴方の……」
少し癒されたシャロンは振り返り、先ほどの所に置きっぱなしになっている日本刀を
取りに行くために歩き出した。


シャロン・3

その時、

とすっ。

妙に軽い音と共に、シャロンの首に何かが当たった。
「ん?」
少し眉をひそめて首筋に手をやる。
ぬるりとした生暖かい感触。
眼前に戻したその手は朱に染まっていた。
「な……!?」
瞬間、首筋に当たっていた感触にずしっと重みがかかる。
誰かが体重を乗せたのだ。
「だ……?」
更に何か言おうとするシャロンの口から大量の血が吐き出される。
口中が鉄の味で一杯になり、視界が揺らぎ始める。
薄れる意識の中、シャロンは自嘲した。
誰が?ハハッ、決まってるじゃないか、シャロン。
油断したアンタが悪いんだよ?
あの子がガラスの破片を握っていたことにも気がつかなかったのかい?
だいたいアンタは―――

ぐりっ

しかしそれも、傷口を更に抉られた事で中断された。
永久に。


しおり・2

え?何?
自分の手が行っている行為を、しおりは完全に別の場所から見ていた。
自分の手の届かない場所で、自分の手が行っている行為。
―――殺人。
何で!?何で!?なんで!?なんで!?なんでなの!?
ああ、こうして驚いている間にもシャロンさんの首筋にガラスが突き刺さってゆく。
あ、今「ぐりっ」って抉った。
あ、シャロンさんが白目になった。
あ、返り血が私の体にかかってゆく。
ああ、お気に入りの洋服だったのに、もう着れないや。
なんで!?なんで!?なんで!?なんで!?
「―――それはわたしがやったからよ、しおりちゃん」
顔を押さえて泣き出したしおりの横に誰かが立っていた。
誰とは聞かない―――聞く必要が無い。
「なんで!?なんでこんなことをするの!?さおりちゃんっ!?」
今、シャロンさんの体から引き抜きました。
今、噴水みたいにシャロンさんの首から血が出ています。
今、それをわたしは綺麗と思って見ています。
「なんで?」
呆れたようにさおりは答えた。
「決まってるじゃない。あの人はわたし達をだまして殺そうとしてたのよ」
「そんな事ない!あの人は……」
「クレアお姉ちゃんもそうだったわ!」
否定しようとするしおりに対し、さおりは強い口調で反発する。
「しおりちゃんも見たでしょ!?愛お姉ちゃん、クレアお姉ちゃんに……!」
「でっ、でも……!?」
「……みんな敵なのよ」


しおり・3

「……さおりちゃん」
私は歩いています。
私はシャロンお姉ちゃんの荷物を奪おうとしています。
私はシャロンお姉ちゃんの持っていた刀を持ちました。何とか持てそうです。
「だからわたしも殺すの。じゃないとわたしが殺されちゃうんだもの」
「……違うよっ!!」
しおりは叫んでいた。自分が生まれてから一度も感じなかった程の激情が溢れ出す。
「違う!違う!!違う!!!」
「違わないわ!」
「違う!違う!!違う!!!そんなことない!そんなことないよ!!
 さおりちゃん意地悪だ!!嫌い!!嫌い!!きらい!!きらい!!!」
「しお……」
「きらい!きらい!!きらい!!だいっきらい!!!
 そんなこというさおりちゃんなんてだいっきらい!!!」
「……………」
「きらい……き……ら……」
次第に沈黙してゆくさおり。
しおりも少し落ち着いたのか、静かにさおりに言う。
「ねえ、さおりちゃん……いい人を探そうよ。
 愛お姉ちゃんみたいな人……きっと他にもいるよ……」
「……分かったわ」
「えっ?」
「ごめん、さおりちゃん。困らせちゃって……」
「うっ、ううん……いいの。私こそお姉ちゃんなのに怒ったりして……ごめんね」
「えへへっ……私こそ……」
悪戯っぽく微笑む「さおり」、しかしその笑顔が作られたものであることに「しおり」は
気づかない。
「……それじゃ、行こうか?」
「……うん!」
そして彼女は歩き出した。少し足が痛むが、大した事は無いようだ。

―――彼女は未だ気づいてはいない。
   自分の人格が「しおり」と「さおり」に分裂してしまった事も。
   「さおり」が「しおり」の眠っている間に行動しようとしている事も。
   その目的達成の為に、「しおり」を利用しようとしている事も。


死亡: 【No.39 シャロン】
―――――――――残り31人。


Prev<< 2nd >>Next