名探偵の華麗なる謝罪

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(1日目 11:00)

病院の待合室。
背筋をピンと伸ばし、顎をしっかり引き、凛とした美しい立ち姿の少女がいる。
まだあどけなさすら残る顔立ちに、雪のように白い肌。
しわ1つ無い巫女装束が、その清楚さをさらに引き立てる。
そんな少女―――22番 紫堂神楽は、今まさに病院に侵入せんとする男に、しずしずと歩み寄った。

「こんにちは」
やや緊張した面持ちで挨拶する神楽。
微妙に輪郭が青白いのは、万が一に備えての下準備だ。
「お出迎え、ご苦労。
 ふむ。巫女装束の看護婦とは、この病院もなかなか良い趣味をしている」
ところが埃っぽいワイシャツの男は、まるで緊張感のない口ぶりで、こう返した。
13番 海原琢麿呂。
表情の読み取れない顔立ちだが、害意は全く感じられない。
「お互い、争う気はないようですね。よかったです」
「うむ。私は天才的平和主義者だからな。この島では人命救助にいそしんでやっている」
「人命救助ですか!ご立派な志です」
「ふん。人として当然のことをしてやっているまでだ」
柔和な笑みの神楽に対し、なぜか、そっくり返って偉そうに答える琢麿呂。
そんな態度を取っても威圧感を感じさせない、どこかとぼけた空気が、彼の持ち味だ。

「ところが……実は昨晩、ちょっとした行き違いから争いに巻き込まれてな。
 日本刀でザクリとやられてしまったのだ」
そう言ういながら琢麿呂は、ワイシャツの裾を捲る。
そこには、不器用に縫合された痛々しい傷痕があった。
「応急処置はしたんだが、痛みがひどくてな。それに、感染症も怖い。
 それで、薬でもなかろうかと、足を運んでやったわけだ」
「まあ。でしたら……」
そう言うと神楽は左手を琢麿呂の傷口にかざした。

  ぽう。

一瞬、青くて優しい光がその掌を包んだかと思うと……
「な―――?」
縫合した糸はそのままに、傷口が、綺麗にふさがっていた。
反射的に指でつついて確認してしまう琢麿呂。
「痛くない……」
「私は、こんなことでしかお役に立てませんから」
神楽はくすぐったそうな笑みで、お決まりの文句を返した。


「神楽ちゃん、藍ちゃんが目を覚ましたよ。お礼が言いたいって……」
25番 涼宮遙が待合室に着いたとき、神楽は30歳前後の青年と談笑していた。
「あれ?このお兄さんは……」
遙は、彼を知っているような気がした。
少なくとも、どこかで会ったことがありそうだ。
「うむ、それでは失礼する」
琢麿呂は遙の姿を認めるや、慌てて病院を出ようとするが、
「お待ちください。私たちは志を同じくする者同士。少々お話をお伺いしたいのですが」
神楽に腕を掴まれてしまう。
「あ、あの、どこかでお会いしませんでしたか?」
頬に人差し指をあて、記憶を呼び起こそうとする遙。
トレンチコートを脱いでいること。叫び声しか聞いていないこと、
なによりほんの一瞬しか見ていないことが障害となり、琢麿呂の正体になかなか行き着かないようだ。
「むぅ……争いは避けたいしな。ここは謙虚に謝ってやるとするか」
琢麿呂は深呼吸し、ゆっくりと遙に向かって歩き出す。
  かちゃ、かちゃ
同時に、何故かベルトを外しだす。
「あ、あの、なにを」
「いや、なに。反省の気持ちを表してやろうと思ってな」
そう言う頃には、目に眩しいホワイトの、ピチピチの、生々しいブリーフが露出していた。
「きゃあっ!!」
「え……え?」
真っ赤になって目を覆う神楽(異性と手を繋いだことすらない)に、
唖然として腰を抜かす遙(恋人と1回だけ、寸止めHの経験アリ)。
2人とも実にシャイで初心な乙女だ。
だが、思わずこちらが謝ってしまいたくなるような乙女の羞恥にも、彼の脱衣は止まらない。
ブリーフすら、膝まで下ろす!

  ずぱあああん!!

そして、そんなに立派でもない彼のシンボルを握るとっっ!!
 ―――ぺとん。
……遙の頭に乗せた。

「許してちょんまげ」


「きゃあああああああ!」
「やぁあああああああ!」
「こんなに喜んでもらえるとは、謝罪してやった甲斐があるというものだ。
 それでは私は、人命救助に飛び出してやるとしよう。
 さらばだ、かわいい巫女さんと夢見る瞳のお嬢さん!!」
鳴り止まぬ悲鳴を背に、琢麿呂は病院を飛び出し、北の森へ飛び込んだ……

【No.13 海原琢麿呂】
【現在位置:東の森】
【スタンス:人命救助】
【能力制限:なし】



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(同日 11:25)

……と、見せかけて。
迂回した琢麿呂は、再び焼却炉へと戻っていた。
天才的平和主義者も、人命救助も、言うまでも無く対神楽用の大嘘だ。
「私はシンデレラだからな。舞踏会までは灰をかぶっている必要がある」
彼が抱いた「縁起の良い連想」は、まだ継続しているようだ。
(盗聴していたときは半信半疑だったが……)
すっかり傷の言えた脇腹をぽんぽんと叩き、彼は続ける。
(本当に完治してしまうとはな。……どうせなら抜糸してから直させるべきだった)
琢麿呂は、健康な皮膚から糸を抜くときの痛みを思い、溜息をつく。

盗聴を開始して約6時間。
縁の深い病院組を中心に、ざっと一通りの状況を把握した彼がまず驚いたことは
ゲームに乗っている人間が、存外少ないということであった。
小グループが乱立し、その大半が脱出や主催者打倒をスタンスに据えている。
神楽のような特殊能力者、人外が参加しているらしいという情報もまた、彼を驚かせた。
彼が危険を冒してまで病院を訪れた真の理由は、治療では無い。
神楽の力の真偽を測ること、ひいては人外の実在を確認することが主たる目的だったのだ。
今の所確認できたのは彼女だけだが、どうも神秘的な力は存在するらしい。
ならば、もし盗聴で得た人外情報が全て真実なら―――
(主催者打倒も十分ありうるな)
現実主義者の琢麿呂ですら、そう思えてくる。


しかし―――
(私がこうして盗聴しているのだ。主催者たちも当然、全てを聞いているはず)
琢麿呂は、そう分析する。
彼らから見た自分たち参加者はゲームのコマのようなものだろう。
そのコマが、意図に反した―――ゲームそのものを壊すような動きを始めたら、どうだろう?
(私が主催者なら、ゲームを遵守させる機構を用意してやるぞ。罰則も用意してやるかも知れん)
40人もの人間を、本人たちが気付かぬ間に拉致し、この島まで運んだ手際の良い主催者たちのこと。
その点についても手抜かりは無いだろうと、彼は思うのだ。
(だとすると……それとなく「ゲームに乗っている」ことをアピールしてやらんとな)
それが、主催者側から自分への干渉を防ぐことになる。
幸い琢麿呂は、貴神雷蔵を射殺し、病院で姦計を働かせた過去を持っている。
彼がゲームに乗っているという印象は十二分に与えているはずだ。
ただ一点、先ほどの神楽との接触を除いては。

「巫女を騙して怪我を治療させるなど、お茶の子さいさいだ。
 天才探偵である私にこの盗聴器は、まさに鬼に金棒。
 慎重に様子を伺い、スキをみて鉛玉をぶち込んでやれば、
 ゲームの勝利者はこの琢麿呂さまに大決定する」

主催者サイドは、この呟きで、神楽との接触すら姦計の一環と受け取るだろう。
しかもこの言葉は、全くのブラフというわけではない。
現実主義者のこの男、状況いかんによっては、言葉どおりの行動を躊躇わない。
(勝利でも、脱出でも、主催者打倒でもいい。
 生き残ることが出来るなら、どんな手段であろうと。
 ……まあ、強いて言うなら、華麗で天才的な手段が望ましいが)

片足だけゲームに乗ったグレイゾーンの男・海原琢麿呂は、
灰と廃紙に深くその身を横たえながら、また、意識を盗聴器に集中し始めた。



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