灯台にて

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(一日目 7:30AM)
寄り添うようにして歩く二つの人影、
一人の少女と一人の少年。
視線の先には海岸に向かい合うようにして建てられた円筒状の建築物。灯台だ。
彼らは他の参加者を探してとりあえず目に付いたこの建物へと足を向けたのだ。
黙って歩いていた双葉の足が止まる。
彼女と手をつないでいた翼は怪訝そうに振り返る。
「どうしたの、双葉ちゃん?」
「ちょっとアンタ、ほんとにあそこに行く気なの?」
「…そのつもりだけど?」
「はぁ…、ホントおめでたいわね。敵がいるかもしれないのよ。」
翼は珍しいものでも見るような目で双葉を見ている。
その沈黙に耐えかねて双葉はさらに言葉を継ぐ。
「な、何よ。敵…、いるかもしれないでしょ?」
「ああ…、そうだね。考えてなかった。」
そして、再び沈黙。


「はぁ?アンタどうかしてんじゃないの?
こんなバカみたいなゲームでもマジになってやってる
奴だっているかもしれないじゃない。
そ、そんなんでよく守…あげるとか…とか…わね」
最後のほうは口篭もってしまい何を言っているのかわからない。
そんな双葉の様子に気づいているのかどうか、翼は明るい声でこう宣言した。
「うん、そうだね。じゃ、双葉ちゃんはしばらくここで待ってて。
少し様子を見てこよう。」
そういうとズックからショットガンを取り出し一人で灯台のほうへ歩き出す。
双葉はあっけにとられた。
今度は彼女が珍しいものを見るような顔つきをしている。
再び、彼女の眉がつりあがる。
「人の話を聞けっ!あそこには敵がいるかもしれないってのよ。
あんた、ホントにバカなわけ?」ズックのベルトをつかんで声を荒げる。
「ああ、だから様子を見に行くんじゃないか?」
双葉は一つ嘆息すると観念したかのように口を開いた。
「はぁ、わかったわよ。だったらそれよこしなさいよ。
あんたにはアイスピックがあるんでしょ?」
「いいけど、使えるのかい?」
「こんなもの、引鉄引けば何とかなるわよ。」


「さぁ、行こうか。」
一通り火器の扱い方をレクチャーしたあと、
やや引き締まった面差しで翼はそういった。
彼とてやはり緊張しているのだ。
「う、うん。」それに答える短い返事。
その声の主、双葉は、緊張のあまりいささか体を硬くしている。
そんな彼女のこわばりを見て取ったのか、
翼は彼女の正面に立ち、少女の震える手を取る。
双葉はそれの意味するところを解さず、きょとんとしている。
とまどう双葉の瞳をじっと見つめ、安心させるように微笑む。
ついで少女の前に傅くように膝を屈し、
小刻みにゆれる手の甲に口づけする。
そして立ち上がる。
とても自然で、とてもスムーズな動き。
「大丈夫、双葉ちゃんのことは僕が守ってあげるよ。」
変わらぬ笑顔をたたえ少女の耳元に囁く。
「う、うん。」
双葉は首をコクリと頷かせた。


ガチャリ、灯台の扉が開かれ、そこから一人の男が姿をあらわす。
物語の隠者のような風貌、目を爛々と輝かせ、
口元には喜悦の笑みを浮かべている。
押し殺した声で笑っているようだ。
突然、狂気にみちた彼の笑い声がやむ。
あたりが怒気で覆われる。
顔には嫌悪とも憎悪ともつかぬ表情を張り付かせている。
「私のマナ。私だけのマナ。マナ、マナ、マナ。
誰にも渡さん、絶対に、誰にも。邪魔をするなら…排除だ。」
口をうごめかさせ、小声で呪文を詠唱する。
彼の視線の先には二つの人影、一人の少女と一人の少年がとらえられていた。
やがていくつかの火球が男の前に出現し、その人影に向かって飛ぶ。


双葉はいまだに半ば放心したまま翼の背中を見て歩いていた。
(こいつ、今、私に、何した?)
先ほどから同じフレーズがリフレインしている。
驚き、喜び、怒り、さまざまな感情が浮かんでは消えていく。
ショットガンを両手で持ち、おぼつかない足取りで歩く。
周りは見えていないようだ。
当然、迫りくる火球にもまるで注意を払っていない。
「双葉ちゃんっ!!」大声で名を呼ばれ我に帰る。
燃え盛る火の玉が眼前に迫っていた。
(ッッ、ダメだっ!!)
どうすることも出来ず、硬く目を閉じた。


(…あれ、なんともない。
…おかしいわね、確かに目の前に火が迫ってたのに…
あれ一体何だったんだろ?
火の玉が飛ぶなんて魔法じゃあるまいし…
ン…、なんか焦げ臭いわね。
それになんか重いわね……)
次の瞬間、重力が消失したかのような気がした。
そして上下に揺られながら動き出す。
不信に思い、目を開くと見覚えのある服がゆれている。
「ほ、星川?」
「しゃべらないほうがいい、舌噛むよ。」
そう言いながらも走りつづける。
双葉は一瞬で自分が置かれている状況を理解した。


背と太ももに手を回されて抱き上げられている。
いわゆる「お姫様だっこ」だ。
顔が火照る。おそらくいま自分の顔は真っ赤だろう。
星川が顔を見ていないのがせめてもの救いだ。
そのとき、鼻をつくこげた匂いに気づいた。
どうやら星川の背のあたりからそれは漂っているようだ。
当たり前のことだ、目の前にまで迫った火がわけもなく消えるはずがない。
ここからでは見えないがどうやら背中に火傷を負っているらしい。
星川の苦悶の表情を見れば一目瞭然である。
(私のこと守って…くれたんだ。それで怪我したんだ。)
「大丈夫?」
答える代わりに彼は微笑んで見せた。
が、その笑みも少し痛ましい。

侵略者の人影が遠ざかってゆくのを確認すると、
男は満足そうに再び灯台の中へと戻っていった。
今しがた彼が守り抜いた愛しい娘の顔を見るために。


数十分後。数時間前までいた森の中で二人して座り込んでいた。
上半身裸になった星川の背に支給されたペットボトルから水を注ぐ。
「んっ。」星川が顔をしかめる。
「ゴメンね、私のせいで…」
先ほどから何度となく繰り返した台詞をまた口にする。
「気にしなくていいよ、僕が言い出したことだしね。」
「うん…」そういわれても双葉はしょげ返ったままだ。
「…僕の首に腕を回してしがみつく双葉ちゃん、可愛かったよ。」
「バカ…」
それでもまだ意気消沈といった風情だ。
「私がボーっとしてたから…ゴメンね。」


「それはいいんだって。」
と、そこで言葉を切って、
「…でもどうしてあんなふうに突っ立ってたの?
それまではガチガチに緊張してたのに。」
先ほどまでのおどけた口調ではなく、じっと双葉の目を見ながら問う。
「それは…」視線を地面にさまよわせ、ためらいがちに口を開く。
「うん、それは?」
「アンタが…」そこまで言って目の前にいる星川の顔を見つめる。
「僕が?」目の前にいる少女に顔を近づける。
「アンタが…」双葉の喉がコクリと鳴る。
顔を薔薇色に高潮させ、夢見るように目を潤ませる。
星川の真摯な眼差しが目の前にまで迫っている。
星川の両手が双葉の震える頬にあてがわれる。
そして囁くように問いかける。
「…キス…したから?」
その問いかけには答えず、視線をそらす。
ゆっくりと星川の顔が近づく。
「………ぁ…」
双葉は意を決して、硬く目を閉じた。



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