秋穂は強い女性だ。
自分の進む道は自分で決めてきた。
そんな彼女は、
目の前でうなだれているだけの弱い男が許せなかった。
(1日目 7:00)
「俺は、あなたを、守りきれなかった……」
恭也が放心してからずっとセールストークかまして、営業スマイル振り撒いて。
ようやく重い口開いたと思ったら、その第一声が、コレさ。
そういえば、出会ったハナに「俺は力無き人を守リたいと思ってます」とか言ってたね。
てぇこたぁ、ナニかい?
元レディース総長の秋穂さんをつかまえて、力無き人、こう、のたまうわけかい?
「高町さんとしては、私を、守っていてくれてたと、そういう訳なんだ」
「ええ……そのつもりでした。でも俺は、負けてしまったんです」
それから恭也は、ぽつりぽつりと、ことのあらましを話し出した。
猪乃のデブが、あたいを襲おうと向かってきていたこと。
それを、恭也が防いでたこと。
あたいが危なくなったので、恭也の流派の秘奥義とやらを繰り出したこと。
そいつが避けられたこと。
で、それらの戦いは、あたいの目には見えない速度で行われていたこと。
だいたい、そんなとこ。
それが本当かどうかは、彼語るところの「常人」であるあたいにはわからないけど、
あの時の恭也の奇妙な動きや、白豚が突然あたいの前に姿を現したことを考えると、
まんざらウソでもなさそう。
それに、この落ち込み方ね。
「敗れたんです。御神流秘奥義が……」
人生これでおしまいって感じの、悲痛な表情でこぼされりゃ、信じるしかないって。
(1日目 10:00)
「でも……、ね。2人ともこうして無事だったわけだし」
いらいらいらいら……
あれから3時間、落ち込む恭也をなだめたりすかしたり褒め上げたり。
あたいも大人になったもんだね。
レディースやってる頃のあたいだったら、10分待たずにケツに釘バットの一発もブッ込んでるとこだよ。
お茶汲みで培った精神的な持久力が、まさかこんな所で役に立つとは思わなかったね。
人間、苦労はしてみるもんだ。
それにしても、この恭也ってコ、ダメだねー。
典型的なお坊ちゃまなんだろうね。
挫折を知らないで、プライドだけ高くて、生真面目すぎて、妥協とか折り合いとかを卑怯だって思っちゃって。
一回ヘコむと、際限なく内省的になって。
スイッチの切り替え方もわかんなくて。
さっき白豚に喰らったっていう敗北も、数ある勝負のうちの一回だってわかってない。
あー、もー。
出来の悪い部下を持った上司の気持ちが分かるってもんよ。
「俺がいけないんです」
「高町くんの『神速』は避けられたのかもしれない。
でも、私は無事こうしているわけだし、高町くんは立派に私を守ってくれたと思うわ」
「俺が弱かったからです」
「体調とか、悪かっただけとか?」
「何をどう言っても、言いわけになってしまいますから」
「偶然だったんじゃないのかな?」
「すみません」
あーいえば、こー。
こーいえば、あー。
それも全部自虐的なヤツ。
その上、かみ合ってない。
あーーーーー、っっ!!
なんでここまで優しく、お母さんみたいになぐさめてやんないといけないわけ!?
あたい、もーーーーーガマンの限界。
「くぉら恭也ッ!!
いつまでもうだうだうだうだ言ってるんじゃねぇ!!」
「……え?」
「あたいは、今こうして生きてんだから、気にしてないっていってるだろ!?
それをアンタは、いつまでも陰々滅々もじもじクヨクヨ泣き言ばかり言いやがって!
それでも男か!?
それでもキンタマついてんのかっっ!?」
「あ、あの、秋穂さん……」
「あたいはね、アンタみたいにはっきりしないくせに強情なヤツが大嫌いなんだ!
大体、いつあたいがアンタに『守って』なんて頼んだよ?
勝手に人を妄想の舞台に上げるんじゃねえ!!」
「あの……エリを……」
気が付くと、あたいは恭也のエリを締め上げてた。
あっちゃぁ〜〜〜。
まーた、出ちまったね。
キレると地が出る悪い癖が。
五月倶楽部で肇と出会ってから、かなり自制できるようになってたんだけど……
「……熱くなっちまったことは悪かったよ。
猫かぶってたことも、アンタを騙してたみたいで悪かった。
これも謝る」
「いえ、気にしてません」
「でもよ……終わったことは終わったことなんだよ。
悩んでも苦しんでも結果は変わらねぇんだ。
だったら、次にどうするか、だろ?」
「秋穂さんの言っていることはわかります。
解りますが……少し、考えさせてください。
気持ちの整理がつかないんです」
ダメだ、コイツは。
全然解ってない。
「整理も何も、状況は日を見るより明らかだろ?
生きるためには、悩みこんでるヒマはないんだよ。
いいから黙ってお姉さんについといで」
「俺には、秋穂さんと共に歩む資格がありません」
資格ときたか。
コイツ、どこまで自分に無意味な枷をかければ気が済むんだろうね?
「それじゃ、ここでお別れだよ?」
「それも、しかたないと思います」
「あ、そ。
あんたみたいな弱虫にはもう愛想尽きたね。
この木で首吊って死んじまいな!!」
冷たい言い方。
見下して、バカにした、プライドをえぐる言葉。
さすがに、ここまで言うとあたいでも心が痛むよ。
でもさ。
もう、あたいの思いつく手段は、これしかないんだよ。
恭也……腹を立てるんだ。
これで発奮しなきゃ、恭也、アンタほんとに生き残れないよ?
「これ、お返しします……」
恭也は目を伏せ、あたいの配布武器、小太刀を差し出す。
―――答えは、それかい。
どうしても、自分の中しか見ないのかよ。
恭也……アンタ、とことん脆いよ。
切なくなるくらいナイーブだよ。
そこまで一本筋通ってるヤツ、あたい、結構好きだよ。
でもよ。
この島で生き抜くためには、そんなアンタといることは枷になるんだ。
「はんっ!そんなもん、餞別代りにくれてやるよ!」
たとえ、この島で死んでしまうとしても、あたい、自分の進む道は自分で決めたい。
生きる努力して、死なない工夫して、逃げられるだけ逃げ回るんだ。
その先に、やっぱり避け得ぬ死が待っているだけだとしても。
そりゃ、死ぬのは悔しい。腹立つ。
その瞬間は「死にたくね〜ぞ、畜生っっ!!」って叫ぶに決まってる。
それでも、それは、自分が決めたことの結果だ。
少なくとも後悔はしないね。
背後から迫ってくる死の足音。
それを聞いても立ち止まったままのヤツとの心中なんて、まっぴらごめんだよ。
―――ゴメンな、恭也。
今のあたいにゃ、あんたの世話を焼いてる余裕はないんだ。