利用と信用
(一日目 06:02)
「……い、今まで死んだがは、
6番タイガージョー、10番貴神雷贈、4番伊藤臭作……」
どのような仕組みでかは分からないが、ここ山麓の泉にも、定時放送ははっきりと聞こえていた。
「臭兄ィぃぃいいい!!」
突然の絶叫にアズライト(No.14)は困惑する。
「畜生!!畜生!!畜生!!誰がアニキを殺したんだ!!
なんでだ!!どうしてだ!!誰が殺したんだ!!
あんなに優しい男なのによぉ……どうして殺されなきゃならねえんだ!?
残った義姉さんや子供たちはどうすりゃいいんだ!!畜生ッ!!!
おれぁ、臭兄ィを殺したやつを許さねぇッ!!ああ、許さねぇぞ!!」
鬼作(No.05)は慟哭した。喚き散らした。身も世もあらずといわんばかりに。
醜い顔をなお醜く歪めて。
多分に甘すぎる感傷を持つアズライトは、鬼作のあまりの嘆きっぷりに、再び重い罪悪感に駆られる。
(似ているとは思ったけど、兄弟だったんだ…… ぼくが森の中で命を絶ってしまった、あの男と……)
苦渋。その思いは顔に出る。
海千山千の鬼作にとって、表情から事実を読み取ることは容易だった。
出会いの時の驚いた顔も、そういうことなのだ。
(はっは〜ん。てめえか、臭兄ィを殺した奴ぁ。)
泣き濡れた面のその裏で、鬼作は舌を打ち鳴らす。
その意味は、喜び。
(これでまたアズやんを一歩追い込めるってわけだぁ。
くっくっく……恋心で。生存欲求で。罪悪感で。同情で。孤独感で。仲間意識で。
ありとあらゆる感情と欲望を鎖で繋いで、お前をがんじがらめにしてやるぜぇ。)
……この男は、身内の死さえ交渉の道具としていた。
さらに彼は、情念をぶつけ、ノートに書きなぐる。
アズライトの罪悪感に追い討ちをかけるべく。
『アズライトさん、お頼み申します。この鬼作めに協力してくださいませ!!
鬼作が帰らなくては……この鬼作すら、帰れなくては……
ワタクシの家族だけではありません、アニキの家族も路頭に迷ってしまいます。』
涙を零しながらアズライトにすがりつく。
大粒の涙を。ぼとぼと、ぼとぼと。
(ぼくが奪ってしまった1つの命が、何人もの心を傷つけ、何人もの生活を脅かす……)
「あ、あの……ぼくでご協力できることなら、お手伝いしますから……」
罪ほろぼし。
アズライトの動機は鬼作の狙い通り。
……しかし、鬼作とアズライトは別世界の住人だ。
何故か、言葉や文字は通じても、文化風土や科学についてはお互いに全く理解が無い。
彼らは具体的な話に移る前に、それぞれの世界を説明するところから始めなくてはならなかった。
そして、2時間余りの情報交換ののち、鬼作はようやく作戦説明を開始する。
鬼作文書
(8:17)
始めに正体を明かさせていただきます。お仲間にウソはいけませんですからね。
この鬼作め、実は、某国軍部に所属する情報将校でございます。
ありていに申しまして、日本に潜伏している工作員……と言うわけでございますね。
そのワタクシがこの島でまず考えたことは、「軍部と連絡を取る」ということでございました。
ところが、携帯電話や無線機の類が没収されているは愚か、
村落にも電話線の一本すら引かれておらず、また電波も送受信されている場所は見当たりませんでした。
ただ一箇所を除いては。
学校…… 廊下を歩いているときに、鬼作めは見たのでございます。
ワタクシどもが閉じ込められていたあの部屋の隣に、主催者の物と思しき通信機を。
それは、ただの通信機ではございませんでした。
ひどく旧式の……今では誰も使いこなせないようなシロモノでございます。
しかし、そこはそれ。この鬼作めは情報将校にございます。
少々手を加えれば、通信が可能だと踏んでおります。
……ですが、この鬼作め、戦いに関してはシロウトでございます。
あのような恐ろしい主催者や不気味な手下たちの目をくらまし、学校に侵入することなどできません。
ましてや、通信機を改造する時間など確保できません。
そこで、アズライトさんにご登場願おうと愚考したわけでございます。
ほンの10分……長くて20分、主催者たちを校舎の外に引き付けていただきたいのです。
それだけあれば通信機で母国に連絡が取れますです。
連絡さえつけば、漁船にしか見えない高速艇で、鬼作めを助けに来ること、確実でございます。
それに、よく考えてくださいませ。
アズライトさんがらすと・まん・すたんでぃんぐとなったとしましょう。
そこで得られるのは自由では無く、手下になる権利でございますよ?
すンなりと、レティシア様とやらを探す旅に出していただけるとお思いですか?
あのそら恐ろしい主催者が。
鬼作の望む未来も、アズライトさんの望む未来も、勝ち残りの先には無いのでございます。
『鬼作さんの計画は分かりました』
アズライトはそこまで書き記し、慎重に考える。
(主催者と、戦う……)
主催者の、虎男を倒した攻撃の正体が、分からない。
本性を晒した自分ならば、アリを踏み潰すかの如く容易に倒せるかもしれない。
逆に、歯が立たないまま謎の攻撃を受け続け、倒されても不思議が無い。
全く、読めない。
その読めなさ一点が、アズライトの生存本能をして、これまで主催者との戦いを避けさせていた。
……だが。
防御・回避に専念するとしたらどうだろう?
あれは確かに正体不明の攻撃だが、虎男の死体はどうであったか?
原型は留めていたし、衝撃で校舎の壁を幾分砕いた程度ではなかったか?
ならば、本性を晒した自分にとっては、恐るべきと言うほどの破壊力ではない。
20分程度の時ならば、稼げるのではないか。
それで、自由が手に入るなら。
この危険な賭けに乗る価値は、十二分にあるのではないか?
『やってみましょう』
アズライトは、力強く、そう記した。
(こんっぐらっっっっっちゅれいしょん!)
鬼作は口に出しかけたその言葉を飲み込み、小躍りしたくなる自分を抑える。
(おっと、すぐ調子に乗る悪い癖が出ちまったぜぇ)
……言うまでもなく、鬼作の計画は、全て嘘だった。
嘘を嘘で塗り固めた上で、嘘でコーティングしたくらいの、嘘。
ただし、彼は気付いていないが、嘘から出た真も含まれていた。
『首輪は盗聴器だ』
信憑性を増すためのデタラメでしかなかったそれが、
結果的にこの密約が主催者に知られるのを防いでいたことを。
鬼作は計画の裏に忍び込ませている思惑を再確認する。
強い奴を、主催者にぶつける。
そこで主催者を倒してくれればよし。
もし挑戦者が主催者に倒されてしまってとしても、強力なライバルが減るので、それはそれでよし。
しかし、どうせなら、他の参加者を根こそぎ屠ってから主催者にぶつけた方が望ましい。
その時点で、鬼作が最後の一人となるのだから。
(アズやんに参加者を屠らせる方法、学校に攻め込ませるタイミング……
まぁ、その辺のことはおいおい考えるさ。
欲張りすぎるのはよくねぇ。今はここまでで満足しとくべきだぜぇ。)
「それでは、アズライトさんとこの鬼作めは一蓮托生、ということで。
今後ともひとつ、よろしくお願いしますです。」
「あ、あの、こちらこそ……」
「さて、それではしばらくここで休憩をとりましょう。アズライトさんのお怪我が癒えるまで。」