花の海
(6:30AM)
「ほら、こっち。」
双葉に導かれ翼は久しぶりの太陽を目にした。
鮮やかな色彩があふれる。
眼前に広がるのは広大なお花畑。
朝の薄明かりの下には熱帯性らしき色とりどりの花が咲き乱れている。
二人は立ちつくし、しばし言葉も交わすことなくその光景を眺めている。
不意に少し強い風が吹き、空に無数の花びらが舞う。
やがて二人はその花吹雪のなかを一面に広がる花の海のほうへ歩いて行く。
遠く前方には水平線がかすむまで何一つさえぎることなく続く海が広がる。
水面が南洋独特の深い青をたたえ、陽光をはじき輝く。
このような状況でなければ夢の世界かおとぎの国かといったところだ。
そんな幻想の景色の中、あたりに人影はなく、二人だけ。
非現実的な美しさをたたえた世界で、二人だけ。
一人は二つのズックを肩からかけ、一人は片手に植木蜂を抱えている。
二人はただただ無言でつかず離れず、寄り添うようにして歩く。
言葉をなくしたかのごとく押し黙って歩く二人。
双葉が足をもつれさせる。
一瞬、大地がたわんだかのような錯覚を受ける。
地震だ。
双葉は思わず近くにいた翼の腕に両手ですがりつく。
抱えていた植木鉢が地面と衝突し、砕け散る。
揺れはまだ収まらない。
翼は双葉を抱きかかえるようにして、あたりを窺う。
周囲に建物が一つとして見当たらないので、
それがどれくらいの大きさなのか見当もつかなかった。
それほど大きな揺れではないようだが、
随分と長い揺れだったようにも思う。
やがて揺れは収まり、立ちあがった翼は傍らの少女を見やる。
双葉は先ほど翼にすがりついたのと同じ体勢のままうずくまっている。
その肩が小刻みに震えている気がしたのは彼の気のせいだろうか?
少女は揺れのなか取り落としてしまった植木鉢の残骸を眺めている。
正確にはそこに植えられていた花を。
翼はそれがなんの花であるかを知らなかったが、
双葉がそれをこけしと呼び大事にしていた様子を見ていた。
「…鉢、割れちゃったね。」
呼びかけてみるが応えはない。
双葉は割れた鉢の破片を握ると土を掘り返し始めた。
双葉の望みを察した翼もそれに倣う。
穏やかな朝の光のもと、二人は黙々と手を動かした。
先ほどまで少女の傍らにあった花は今や大地にその根を下ろしている。
二人は立ちあがり、それを見下ろしている。
「…ありがと、ね…」
うつむいたままの双葉がポツリとこぼす。
果たしてそれは誰に向かって投げかけられた言葉だったか?
双葉は顔を上げ、しばらく翼の顔をまじまじと眺めると
何も言わずに歩き出してしまった。
黙ってその小さな背中を見ながら、
地面に下ろしてあった荷物を再び肩にかける。
またもや先ほどのような風が吹き、空いっぱいの花弁が舞い散る。
微笑んで少し小走りになって翼は彼女に駆け寄る。
やがて追いつき、二言三言ことばを交わすと双葉の怒鳴り声が聞こえた。