部隊編成
(1日目 7:30)
神楽
「なんと!?」
魔窟堂野武彦が、右肩をぐるぐると、大きく回す。
「え、うそ……」
「このようなことが……」
エーリヒと遙が、目を丸くする。
俄かには信じ難いことだが、魔窟堂の狙撃による怪我は完治していた。
先ほどまで手をかざしていた、小柄な巫女の手によって。
「巫女さんで僧侶!!まるでRPGじゃの!!」
いかにも彼らしい例えで、魔窟堂は喜びを口にする。
「こんなことでしか、お役に立てませんから」
そこはかとない気品と、あどけなさが同居した笑顔で神楽は微笑む。
神楽が藍を伴い、病院を訪れたのは今から30分ほど前。
彼女たちは、とても幸運だった。
病院に根を下ろしている者たちが皆、戦闘回避のスタンスを取っていたこと。
医療知識のある者がその中に含まれていたこと。
既に6人もの死者を出している殺人ゲームでのこの巡り合わせは、奇跡といっても差し支えない。
「藍の輸血、終わったわ」
アインが背後から声をかける。
隣室で藍の輸血作業をしていた彼女が、いつ病室に入ってきたのか、誰もわからなかった。
「どうでした?」
「結論から言って、持ちこたえると思うわ。
ただ、失血はかなりのものね。体も冷えてる。
いまは寝せておくべきね。」
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす神楽。
そして、他の3人も同様に、口々に藍の無事を喜ぶ。
(よかった……こんな状況でも、他人の怪我を気遣える方たちに出会えて……)
神楽は、目的を同じくするこの集団に、加わる決意を固めていた。
アイン・遙・神楽
(同日 8:00)
遙が出した番茶をすすりながら、しばし神楽の話を聞いていたエーリヒは、驚愕した。
人外―――人ならぬ者。デーモンの眷属すら、この殺人ゲームに参加していると言うのだ。
「まさか……」
頭を振るエーリヒと遙。
「私は、首から触手を伸ばしてくるバケモノに襲われたわ」
アインは冷静に事実を伝えた。
それを受け、魔窟堂は続ける。
「いや、エーリヒ殿。生きる時代の違う我々が同じ時、同じ場所に存在する不思議を思えば、
どんな不思議があってもおかしくはない……のではないかのぅ?」
「うむ、確かに……」
しばらくの沈黙の後、エーリヒはこう切り出した。
「しかし……だからといっていつまでも穴熊のように病院に篭っていても仕方あるまい。
我々が戦っているのは防衛戦ではないからな。
そろそろ行動を再開すべきだと思うが、どうだね、ヘル野武彦?」
「そうじゃな。
残念な事ながら、すでに殺し合いは始まっておるようじゃし、
今すぐにでも飛び出すべきじゃろう」
「あの……行動、って?」
遙の遠慮がちな質問にエーリヒは、
「情報と資材の収集メインに、余裕があったら人命救助をこなす」
というスタンスを説明する。
「あの。差し出がましいことを申しますが、まずは人命救助ではないでしょうか?」
それを聞いた神楽は、異を唱えた。
おとなしい口調で、小さな声ではあったが、堂々とした主張だ。
「今、殺し合いをしている人たちは、死ぬのが怖いだけなんです。
説得すれば、皆さんに分かっていただけるものと信じます」
神楽の主張は、そのうわべだけを聞けば、甘ったるい理想論だ。
しかし、その理想論を現実のものとするだけの力を、神楽は持っている。
「うーむ……しかし……」
「私からもいいかしら?」
今まで沈黙を守っていたアインが、口を開いた。
「最終目的は、この島からの逃亡。もしくは、主催者の打倒。そうですね?」
「うむ」
「だったら、当初の行動目的、物資と情報の収集優先は自明の理だと思うわ。
人命救助は、戦力増強の一点でのみ、有用ね。
力ある者は取り込み、ない者は―――捨て置く」
とても冷たい、しかし、事実のみが持つ重みがある、言葉。
「なんということをおっしゃるのですか。あなたには、感情というものがないのですか?」
神楽はその物言いに噛み付く。
しかし、アインは彼女の言葉を聞いておらず、一点を凝視していた。
―――悲しみと絶望に青くしている、遙の顔を。
遙は、アインの言葉を聞き、捨て置かれる力ないものと、自己認識していたのだ。
アインが憧れた笑顔の持ち主は、アインの冷徹な発言によって沈みかえっている。
(……失言ね。)
今にも泣き出しそうな遙。
黙りこくってしまったアイン。
とうとうと人の道を説く神楽。
議論は、途絶えてしまった。
エーリヒ
「……うんうん。
熱い議論、友情、悲しみ……青春ドラマじゃのう!!」
沈黙を破ったのは魔窟堂だった。
その背に、雲ひとつ無い青空の書き割りを背負って。
なぜかだくだくと涙を流して、感動をアピールする。
「……」
「……」
余りに場違いな発言と態度が、場にエアポケットを発生させた。
その空洞化を利用し、彼は話を強引に進める。
「まあ、いろいろ意見はあるじゃろが。
ここはエーリヒ殿に一任したいと思うが、どうじゃろう?
彼が最も場数を踏んでいると思うのじゃが」
……神楽と遙は異議を唱えなかった。
そして、アインも同意した。
「決められたことには従うわ。
命令が下ればやり遂げる。完璧に。」
自分の正体を隠すつもりなのか、エーリヒの才覚を図ろうとしているのか。
それとも、先ほど遙を傷つけてしまったことから慎重になっているのか。
氷のような無表情に戻ってしまったその顔からは読み取れない。
「了解した、それでは、組みたてよう」
エーリヒは魔窟堂の意を受け、即座に答えた。
少女たちのよくわからない理由による中座が、ぶり返してはかなわない。
「まず。基本スタンスは変更しない」
「そんな……」
「ただ、必要な資財を集め終えたら、即座に人命救助を第一義の目的に変更する」
「……わかりました」
神楽は、しぶしぶではあるものの、納得したようだった。
「次に、部隊編成だが―――ハルカは、戦力にならない。アイも同様だろう。
この2人は本陣、つまり、この病院に残しておくしかない」
エーリヒは、まずこの2人に戦力外通告をした。
遙がまた落ち込むのも理解するが、軍人として情でないところでの判断は必要であった。
それから、残りの3人を見回す。
(ヘル野武彦―――多少の失血はあるものの、怪我は治っている。
彼の判断力は信頼に足るし、目にもとまらぬ速さで動くという隠しダマもある)
(アイン―――正体はわからないが、戦いなれているようだ。
柔軟性をベースに、鍛え抜かれた無駄のない肉体。そして、恐ろしく冷静……)
(カグラ―――この少女の治癒力があれば、不意に襲われた時や怪我人を発見した時に重宝するだろう。
徒手による武道の心得も有るらしいが、甘い。冷静な判断は期待できない)
(そして、私―――正直、この3人に比すと、見劣りするコマだ。
体力的な問題もあるし、単独行動は取らないほうがいいだろう。
判断力と総合的な知識には長じているのだが……)
「本陣の守りに1人か2人。
行動部隊として、2人組みを1部隊か、2人組と単独行動の2部隊―――
以上の編成を組むことにしよう」
そして、数秒間再考したエーリヒは、編成を告げた。