妖(あやかし)―――日本列島の最先住民族。
天孫降臨より史記の始まる本邦において、
いないことにされている存在。
(1日目 6:20)
ペロペロペロ……
ペロペロペロ……
怪我したところを舐めてるうちに夜が明けちゃったょ。
わたしが獣の力を引き出せる時間が、終わっちゃったょ……
『私、このまま死ぬのかな……』
心の深いところで、藍が呟いてる。
藍―――わたしの宿主。この体の持ち主。
弱虫で淋しがり屋の、普通の女の子。
『大丈夫だょ。わたしの生命力でカバーできてるから、このくらいじゃ死なないょ』
それは……ウソ。
じっとしてれば死ぬことも無いけど、動き回ったら、獣の力を使ってしまったら。
多分、死ぬ。
それでも……
『堂島を、殺すんだよね?』
『そうだょ』
『堂島を殺したら、私は死ぬんだよね?』
『死なないょ。第三界に還るだけ』
『でもそこって……行ったら帰れないよね?』
『……そうだょ』
『だったら、死ぬのと同じだよ……』
『……』
『私はいやだよ!安曇村に帰りたいよ!お兄さんに会いたいよ……』
藍……泣かないで。
わたしだってお兄ちゃんに会いたいょ。
ぎゅってして欲しいょ。
なでなでして欲しいょ。
でも、これは「決まり」なんだょ……
わたしの本体を焼き捨て、封じていたオドを復活させようとした堂島は、殺さないといけないんだょ。
そうしないと、ヤマノカミ様がお怒りになってしまう。
わたしと藍の大事な安曇村が、大事なお兄ちゃんが、祟りに遭っちゃうんだょ……
くんくんくん…
あれ?
人の匂いがするょ。
藍と同じくらいの年の、女の子の匂いが。
……でも、それだけじゃないょ。
なんだろう、この違和感。
なんだろう、この重圧。
ガサガサガサ……
近づいてくる。
茂みの中、迷わずわたしに向かって。
……殺気?
なに?
なんなの?
わかんない。
わかんないけど凄く……怖い。息苦しい。
『誰かな?』
藍が暢気に聞いてくる。
わかんないの?この威圧感が?
近づいてくるにつれ、相手の力量がわかってくる。
この怪我を負わせた男の人ほどの強さじゃない。
力だけなら、獣になったわたしょり、多分、弱い。
だけど、なんなの?
わたしの主人、ヤマノカミ様ょりも大きな、この気配は?
ガサガサガサ……
藪の向こうに、切れ切れに映る白い服と赤い袴。巫女服。
その周りを薄く取り巻く、青い―――燐光!?
……最悪だょ。
あれは、天津神の神人だ。
私たち「妖」の存在を許さない、狩人。
それも、ヤマノカミ様ょり、ずっと格の高い。
『あ、良かった。武器持ってない巫女さんだ』
『……藍。あの巫女さんにわたしのことをしゃべっちゃ駄目だょ。
私に関すること、安曇村に関すること、全部しゃべっちゃ駄目』
『どうして?すごく優しそうな女の子だよ?』
『多分、藍には優しいと思う。でも……わたしにとっては天敵。
私がイズ=ホゥトリャだってバレたら、間違いなく殺される……
主導権を藍に戻すょ。すごく痛いと思うけど、何とか耐えて』
『え!?』
「うぐぁぅうるぅぅっつ!!」
藍が痛みの余り悶絶してる。
ごめんね、藍。
人間のあなたには、辛すぎる痛みだょね。
でも、わたしが表に出てたら、殺されちゃうから……
「大丈夫ですか!!」
神人が駆け寄ってくる。
お願い。わたしの存在には気が付かないで。
ヤマノカミ様、あなたの忠実な下僕にご加護を!!
「い、ひぐ……」
「大変!!ひどい怪我!!」
ぽぅ。
神人の手に、ひかり。
青いのに、とても熱くて、そして柔らかいひかり。
わたしの傷口にそれをかざして……
「あれ? ……痛くない?」
「ふぅ。これで大丈夫だと思います。良かったです、間に合って」
脇腹の穴が、無い。
わたしの怪我、治ってる?
一瞬にして、あれだけの怪我を……なんて恐ろしい力なの?
「巫女さんが、怪我を治してくれたの?」
「ええ、私は、こんなことでしかお役に立てませんから」
「さて、輸血をしなくてはいけませんね。
すぐ南に病院があるので、そこに向かおうと思いますが、歩けますか?」
「う、うん……」
「あ、肩をお貸しします。こちらに」
「ありがとう、巫女さん」
「私は紫堂神楽と申します。あなたは?」
「えと……松倉藍、だよ……」
藍……何で本名を名乗ってるの!?
それに、その安心した顔は何?
駄目!!
その女は敵だょ!!
絶対に心を許しちゃ駄目な相手だょ!!
天津神が優しいのは、自分の仲間と、その民にだけだょ。
くぅううう……
浮上して、藍にそれを伝えられないのがもどかしいょ……