私のような天才が
こんなつまらんゲームで命を落としてしまっては、
世界的損失である。
だから、生きる。
文句は無いはずだ。
(1日目 4:20)
「私の腹筋は、意外にがんばり屋さんのようだな」
刀で切られたわき腹の傷口を開いて、その深さを確認したが、腸までは届いていないようだ。
失血も収まりつつある。
輸血をするまでもなさそうだ。
だが痛い。
痛いが、それでいい。
私の細胞が元気な証拠だ。
―――私が目を覚ましたとき、既にあのポン刀美女はいなかった。
ふむ。天が味方したか。
天才の私はこの様なところで犬死には出来んというわけだ。
それとも、あの美女、この私に惚れたか?
ならば、両手いっぱいの医療器具を持って舞い戻るに違いない。
驚きの余り反射的に私に攻撃してしまったことを詫び、かいがいしく治療するだろう。
しかし……
待っている間にファントムたちが私を見つけたらどうする?
むぅ、仕方がない。
あの美女の期待に添えず残念ではあるが、ここは身を隠すほうが賢明だろう。
「つぅ……」
さすがに、体を動かすと厳しい。
収まりかけていた失血もぶり返して来ている。
近距離で、しかもファントムたちに見つからない場所。
そんな場所で早急に怪我の治療を施す必要が有るな。
そのような都合のいい場所があるか?
きょろ、きょろ……
庭の端に、レンガ造りの焼却炉が見える―――かなり大きいもののようだ。
「あそこならよかろう」
病院内は調べる価値のある沢山の物で埋め尽くされている。
ファントムたちもわざわざゴミの終着地を調べにはこないだろう。
ハンカチ……、そうだ、コートのポケット。
これを傷口にあてて、と。
血痕をたどられてはかなわないからな。
よし、それでは血が滴り落ちないよう細心の注意を払いつつ。
「微速前進、と」
キ……イィィ……
焼却炉に体を潜り込ませ、扉を慎重に締める。
「存外広いな。それに温かい」
3畳分くらいの広さに、こんもり積まれた灰とシュレッダーにかけられた紙。
ふむ。寝心地は悪くなさそうだ。
それに、何と言っても灰は清潔だ。
雑菌を含まない。
そういう意味でここは、屋外よりも縫合手術にふさわしい場所といえるな。
シュボ。
ジッポのオイルを多めに絞り、灰に突き立てる。
よし、傷口と手元は十分視える。
この灯りで縫合だ。
確か、背広の内ポケット……
あ、あったあった。
涼子君が私に持たせたお針子箱。
これがこんな所で役に立つのだから、涼子君、きみは有能な助手だ。
帰ったらたっぷりとお礼をしてあげよう。
針に糸を通し、ジッポで針先を熱する。
闇の中でゆっくりと赤く染まってゆく針先。
なかなかに幻想的だ。
それに熱そうだ。
射したら痛そうだ。
だが……そうしなければならんのだから、しょうがないだろう。
すー、はー。
深呼吸。
ぐさ
(4:40)
「はぁ、はぁ……」
これで縫合完了だ。
痛みに何度か意識が飛びかけたが、そこは私だからこその精神力でカバー。
8針……まあ、本職の医者よりはかなり荒い縫い目だから、実際は10〜12針程度か。
とにかく、疲れた。
背広は脂汗でびしょびしょだ。
やれやれ。
体力の低下を防ぐためには、これも脱がないとな。
まだ眠るわけにはいかん。
ずり……ずり……
く。
脱いだはいいが、体中が灰まみれだ。
気持ち悪い。
シンデレラも、寝汗などかいたら翌朝はさぞ大変だったろう。
……ふむ。
さすがは超が3つほど付く名探偵の私だ。
図らずも童話の裏に隠された日常的真実を推理してしまったではないか。
しかし―――シンデレラか。
それはいい。
ならば最後には、この私に大いなる幸せが待っているだろう。
……さて、縁起の良い連想が頭に残っているうちに、寝るとするか。
―――む、いかんいかん。
意識を落とす前に、栄養を補給せねば。
折角病院で手に入れた点滴だ。
利用すべき時に利用しなくては意味が無い。
基本はブドウ糖だから、口から摂取しても十分な栄養となるはずだ。
チイィィィィ……
デイバックのファスナーを開く、と。
ボト。
貴神から手に入れた鉄の箱が転げ落ち、灰の山に埋もれかける。
……まあ、いい。
点滴が先だ。
ジー……ジジジ、ガガ。
ピーーーーー。
ん?
何の音だ?
「ザー……止血……た。……ジらく……いれば大……だ……」
ファントムの声!!
奴ら、私を追ってきたのか!?
「よかったぁ」
「……と、お前。パンツの換……ジジ……方が……思う…ザ」
「え、え」
……いや、違う。
この反響は、焼却炉内で声が聞こえているということだ。
転げ落ちた鉄の箱……ここが発生源だ。
ジッポを手に取り、箱に近づけてみる。
「ふむ。蓋が開いているな」
鉄の蓋を開けると、中に入っていたのはボタンが沢山あるた装置だった。
そのボタンの上には全て発光ダイオードが付いていて、うち1つが点っている。
浮かび上がる「25」の数字。
それから、装置の後ろから伸びるヘッドフォンのコード。
「これは……」
ヘッドフォン、装着。
適当にボタンを押してみる。
ポチ
ダイオードの発光位置が、そのボタンの上のものに変わる。
数字は「16」。
―――そして、音声も。
「ま、いっか。アタシはこの森の中では無敵なんだし。
放っときましょ、こけし。」
その横のボタン。
ポチ
ダイオードは「15」を示す。
「うぉおおおお、おま○こ、いっちゃう、おま○こ、いっちゃう!!」
……こいつ、何をやっているんだか。
でも、まあ。
やはり、これはそういうことなのだ。
「―――盗聴器、だな」
どうせ体力が戻るまでここでじっとしているつもりだった。
ならば、その時間をこれで有効活用させてもらおう。
情報収集は、探偵の基本中の基本だからな。