硝子の心と蛇蠍の心

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アズライト

(一日目 05:50)

(まず、火傷を冷やさないと。)
アズライト(No.14)は新鮮な水の臭いを嗅ぎ付け、山へと分け入っているところだった。
痺れに麻痺していた痛覚が時間を負うごとに蘇ってきている。
基本的にデアボリカという種属は不死身だ。治癒力も高い。
上半身に受けた無数の火傷は、半日もすれば完治するだろう。
焼け爛れた顔も、手当てさえきちんとすれば3日程で戻るだろう。
しかし右腕は……いかにデアボリカの治癒能力を持ってしても、失われたものは戻らない。
(火炎王も、ぼくに切られた腕、不便だったんだろうな……)
アズライトは敵であり、友でもあるそのデアボリカを思い出す。
事有るごとに彼をいじめに来る男。逞しい肉体に不釣合いなほど、細やかな神経をした男。
(それでも、火炎王なら……)
人を殺すことを躊躇わないだろう。
愛する者とそれ以外の者。その線引きはキッチリと出来ているからだ。

アズライトには、それが出来ない。
彼はニンゲンという種が好きだ。信仰も持っていた。
それがために仲間内から異端と呼ばれたりもした。
その上、輪廻の内にある身のレティシアに恋して以降、
他人の心の内を想像したり、共感したりすることを覚えてしまった。
だから……彼は参加者を殺すごとに、深く傷ついていった。
殺してしまった2人の生活を想像すると胸が張り裂けそうになる。

アズライトは、どの参加者よりも強大な力を持ちながら、どの参加者よりもナイーブであったのだ。

やがて視界が開け、空気に清々しいものが含まれてくる。
湧水による泉が眼前に広がった。

「よぉ……耳寄りな話があるんだがねぇ?」

そこで、背後から声。
振り返るとそこに、一人の中年がいた。
「あなたは!?」
アズライトは、その顔に見覚えがあった。
忘れようはずも無いその顔……
ほんの数時間前に、森の中で彼自身が命を絶った男の顔だった。


鬼作(No.05)は、その表情を見逃さなかった。
(後ろから声をかけられて驚いた……って感じじゃねぇなぁ。)
アズライトが何に驚いたのか分からないが、とりあえず手札の一枚として、胸にしまっておく。
 とん、とん
彼はアズライトの注意を文字に向けるため、数度軽く紙を叩く。
「……。」
 ばさり。
鬼作は、手に握っていたノートを落とした。わざと。
アズライトの目線が、手元の文字を読み終えたのをしっかりと確認してから。
「やや!!
 大した怪我ではないのかと思っていましたが、こうして見るとひどい火傷ではありませんか!!
 この鬼作めのお話は後回しでようございます。まずはお体のお手当てを。」
青い顔をして泉に走りこみ、首にかけた伊頭家のトレードマーク、黄色いタオルを泉に浸す。
「お体をお拭きいたしましょう。ささ、お胸をこちらへ。」

アズライトは、その様子に困惑した。
(今、ぼくたちは……殺し合いのゲームをしてる最中だよね?
 このおじさん、どうしてぼくの体を気遣うの?)
……油断させて、近づいたところで首を掻く。
一瞬、そんな考えが頭をよぎるアズライトだったが、彼の五感が、その考えを否定する。
殺意、なし。敵意、なし。
(だとすると……)
先ほど男が握っていた紙に書かれていた言葉を反芻する。
 『首輪は盗聴器だ。声を出すな。』
 『この島から脱出する方法を知っている。』
(盗聴器……なんのことか分からないな。
 でも、この島からの脱出方法を知っているとすれば。)
この男は、自分を助けようとしているのではないか。

「え……えとあの、ぼくは……
 ご心配していただかなくても、すぐに治る体質なので。」
なぜか真っ赤になってうろたえるアズライト。
その表情からは、既に4度の戦いをこなし、2人を屠っている者とはとても想像がつかない。
「なにをおっしゃいます。お体こそ資本。自分をもっと大事にしなくてはいけませんですよ。」
「ぼ、ぼくは……」
少しの躊躇い。そして。
「デアボリカですから……」
俯き加減でそう告げる。その名は災厄。
誰もが恐怖を覚え、無言で立ち去っていく。その宣言。
しかし。
「お兄さんが何者であっても、この鬼作、怪我人を放っておくなどできませんです。」
鬼作は別段気にする風もなく、タオルを絞っている。
さすがの彼でも、アズライトが生きる世界の住人だったらこうも平静ではいられなかっただろう。
たまたまデアボリカが何であるのか、知らなかっただけだ。
だが、己の正体ゆえ辛い思いをし続けてきたアズライトにとって、鬼作のこの態度は福音だった。
(ぼ……ぼくがデアボリカだって分かっても、この人は普通に接してくれる……)

「……なにを泣いていらっしゃるのでございますか?」
「ぼ、ぼく……嬉しいんですよ……
 人間に体の心配をしてもらったなんて、レティシア以外初めてで……」
ただでさえ殺戮と疲労に張り詰めていたアズライトの硝子の心は、
鬼作の見え透いた親切心と1つの誤解によってたやすく打ち砕かれてしまった。心地よく。
「ささ、準備が出来ました。こちらへお越しください。
 この鬼作が、綺麗綺麗に、お体をお拭きしましょう。」
「お、お願いします……」
アズライトは、陶然とし、鬼作に身を任せる。


「そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたねぇ。」
「ぼ、ぼく、アズライトといいます。」
「アズライト!!
 くっくっく……実に異人さんらしい、格好よろしいお名前でございますね。」
「そ、そうですか?あなたのお名前は?」
「ワタクシは鬼作と申しますです。
 とっても気さくな鬼作さんとでも覚えといてくださいまし。」

(ふぁーすとみっしょん・こんぷりーとだぜ、おい。
 次は、どうやって『計画』に乗せるかだが…… このアズやん、とんだ純情ちゃんみてぇだな。
 だったら、利より情……で攻めるかねぇ。へっへっへ。)
照れるアズライトの背中をタオルで拭きながら、鬼作はほくそ笑む。邪悪に。



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