星を夢見て大地より芽吹くもの
(AM5:40)
暗い緑の木立の中を歩く二つの人影、一人の少女と一人の少年。
先ほどまでつながれていた二人の手はすでに解かれ、所在なげに空を切る。
少年は二つのズックを肩にかけ、前を行く少女を眺めて歩く。
「ねぇ、双葉ちゃん。お腹すいてない?」
「すいてないっ。それから、人のことを気安く名前で呼ぶな。」
「ご機嫌斜めだね。…照れてるのかい?」
「バカじゃないの?」
立ち止まることも振り向くこともせず、
双葉は黙々と歩きつづける。
首輪から開放された安堵感からか、そういう双葉の声に棘は無い。
翼は笑いながらため息一つつくと荷を背負いなおし、
再び少女の道案内にしたがった。
深夜の森は(と言ってもこの深い森では日中であっても光が届くかは疑問だが)
文字通り一寸先は闇で、支給された懐中電灯が照らすわずかな光を頼りに歩く。
そうして数分も歩いたろうか?
双葉はやにわに立ち止まる。
そして、決まりが悪そうに翼のほうに向き直る。
幾分頬が紅潮しているようにも見えるが、なにぶん暗くて良くわからない。
「ねぇ、星川…」
「ん……」
少女の喉がコクリとなまめかしく動く。
唇に触れているものの先端からあふれ出る液体を一息に嚥下する。
少女は少年を見つめる。
「それ…欲しい。」
「それって、これのことかい?」
少年は微笑みながら問い返す。
「アン、それじゃ…ない。」
双葉が非難めいた声を上げる。
「ん、これなら…どう?」
「だから、…んく…違うって、バカ。」
「だったら…こう…かな?」少年の指が止まる。
「違う。もっと…。うん、…そう。もう…少し。」
互いの視線と視線を絡ませ、しばし静寂が支配する。
欲求を満たそうとする二人の間にが言葉が交わされることもない。
ただ、ひたすらに……貪る。
「…星川、あんたさっきからスゴイ字面になってるわよ。」
「そうかい?気のせいだよ、きっと。」
そういって支給されたパンをちぎって手渡す。
双葉はそれを受け取りながら手にしたミネラルウォーターをあおる。
二人は彼女の提案で遅すぎる夜食とも
早すぎる朝食とも決めがたい食事をとっていた。
「それから、双葉ちゃん。さっきも言ったけど、僕のことはホッシ―と…」
「ねぇ、星川。それとって。」
そう言って、先ほど彼女を驚かせたショットガンを指さす。
話をさえぎられた翼は少し切ない顔をしてそれを手渡してやる。
「わ、本物の銃って初めて持ったけど、結構…重いわね。」
そう言いつつ生まれてはじめて手にした火器をためつすがめつしている。
双葉の表情が少し翳る。
その手に握られたものをぼんやりと眺め、何かを思案しているようだ。
翼はその真意をつかみかね、見るともなしにそうの光景を見やり、
手にしているパンの一かけを口にする。
「ねぇ、星川。この大会って一体なんなんだろ?」
先ほどまでの明るい声色とは打って変わって、その声は暗く沈んでいた。
「そっちへ行ってもいいかい?」
双葉はうつむいたままイエスともノーとも言わなかった。
その沈黙を肯定ととらえることにし、
翼は膝小僧を抱えて座りこむ少女の隣に腰を下ろす。
それでも双葉はなんの反応も示さず、
ただ自分のローファーのつま先をじっと見ている。
「不安かい?」
返事のない双葉に向かってさらに言葉を継ぐ。
「この大会がどんなものでも、双葉ちゃんのことは僕が…」
そこまで言ったとき、双葉は少し顔を上げ翼の顔を覗き込む。
そんな双葉を安心させるかのように、翼は優しく微笑む。
「僕が守ってあげるよ。」
いつも軽薄な彼には珍しい真剣な面持ち、
言葉にもいささか熱がこもっている。
「…王子様、だものね?」
ぎこちなく笑って。双葉はそう言った。
「ああ、そうだね。」
それに気づいてか気づかずにか、屈託のない笑みで翼は双葉を見つめた。