それぞれの判断

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(1日目 5:50)

 鬼作は考えをまとめた。
「(‥‥どっちに取り入る? そんなこたぁ簡単よ。安直に考えりゃ、あの小娘の方だ。
だがよ。さっきの二人の話からすりゃ‥‥ヤベェのも、あのロボットだかサイボーグ
だかの小娘の方だ。まだ兄ちゃんの方が付け込む隙がある‥‥)」

 もうナミには明らかに迷いは無い。言っていた通りに、いかにして自分以外の敵を
効率的に倒すかを考えている。多分、交渉どころか、話に持ち込む前にやられてしまう
公算の方が遥かに高いだろう。当然、逃げられるはずも無い。
 だがアズライトの方には‥‥未だに僅かながらも迷いが見て取れる。
 相手を騙し上手く取り入るのなら間違いなく“迷い”がある方だ。その迷いに付け
入れば、より成功率は高まる。
 無論それでも“如何にして交渉に持ち込むか”と言う問題はあるが、彼我の戦闘能力
の差は歴然なのだから、それも巧みに話に盛り込めれば‥‥。
「(それによ、あの小娘の方の相手は名前が判らねぇしな。ネタは多いに越したこたぁ
ない)」
 楽観的観測には違いないが、とにかく今は生き延びることにだけ集中した方がいい。
下手なことを考えて自分の首を締めるようになったら身も蓋も無い。あわよくば‥‥
などと二兎を追った挙句に自分が死んでしまっては元も子もない。
 そう言うことは、こんな物騒な場所では考えない方がいい。
「(追い込み掛けた女が化け物だった、なんざシャレにならねぇからな。とにかく今は
生き延びることにだけ知恵を使った方が利口ってもんよ)」

 あとは如何にして交渉まで持ち込むか。
 ヘタに卑屈に近づくのは得策では無いだろう。また自分が“完全な弱者だ”などと
思われるのもまずい。武力・戦闘能力は無くとも‥‥と思わせなければ。
「(さぁて。これからが俺の腕の見せ所ってな‥‥)」
 自分の荷物の中に必要なものがあることを鬼作は確認した。ノートとペンだ。これ
を使えば間近まで近寄る必要はなくなる。
「(おっと。ヤツ‥‥アズライトとか言ったっけな。ここでヤツを見失ったら元も子も
ねぇ‥‥)」
 鬼作はアズライトを見失わないよう注意しながら、その後を追い始めた。


(1日目 6:00)

 アズライトと別れたナミは西に向かって歩き始めていた。
 しばらく行けば海岸線に出ることだろう。
 そこでナミは、ふと立ち止まった。
−−その脳裏に一瞬だけ、ライバルでもあり、また仲間でもあるサファイアや恵たちの
 表情が浮かんできたのだ。

 あのDoll-Fightでナミは色々なことを経験してきた。そして今の戦闘能力を獲得したと
言えるだろう。そして今のナミは、本来、かなり強力な軍事用Dollをベースにして、更に
カスタマイズされているサファイアとも互角以上に渡り合えるだけの実力を得ている。
 あの(今や)懐かしいDoll-Fight、そしてサファイアとの戦いの記憶も浮かんでいた。
 感傷に浸っている場合ではないのだが、だがそこでナミは気付いた。

「‥‥今まで使っていなかったですけど“オートリペア”使えないでしょうか‥‥」
 今までの戦闘でナミは少なくないダメージを負っている。
 各部の破損もそうだが、何より冷却系のダメージは非常に手痛いところだ。あれが正常
に使えれば、戦闘能力は飛躍的に回復する。
 しかし。オートリペアは、その代償としてエネルギーを消費してしまう。

 今のエネルギー残量が少ないナミにしてみれば正しく諸刃の剣だ。
 むしろ今のままの状態を強いて維持してでも活動可能時間を延ばしたいところだ。

 大きくエネルギーを消費する“スパイラル・ドライバー”は、強力な一撃が出せる
代わりに命中率が落ちることにもなる技だ。加えて、このチェーンソーではまともに
使えるか判らない。これでは使うだけエネルギーの無駄だろう。それ故に今後も使う
ことは無いはずだ。
 ロケットパンチは−−論外である。チェーンソーを飛ばしてみたところで、それは
最早“曲芸”である。
「でも、まだリペア機能なら‥‥うん。まだリペアシステムは稼動できますね」

 この状況を鑑みるに、どうも色々と不自然な点が多い。
 先ほどのようにDollとは違う、特異かつ強力な力を有する人外の生物もどうやら色々と
紛れ込んでいるようだ。また普通の人間もいれば、何かが違う人間もいる。
 この場所は‥‥調べた限りは普通の、地球上の環境との相違は無い。
 とはいえ、それを以ってして「普段の環境と全く同じ」と断定するのは早急だろう。
そして、それが自分にどのような影響を及ぼすかも同様に「未知数」である可能性が
否定できない。

 だが。そこに僅かでも、譬えほんの微かな可能性だったとしても、自分に有利に働く
のであれば‥‥それは‥‥そう。
 ナミの総てでもある「ご主人様」の許へと生還できる可能性が、多少なりとも増える
のであれば‥‥それがたとえ可能性論でしかなかったとしても。

 改めて周囲を見渡す。無論、同時にあらゆるセンサーによるスキャンも行なっている。
「どうやら、この付近には誰もいないみたいですね」
 そしてナミは決断した。

「‥‥リペア機能、作動します‥‥」

 ナミの華奢な身体を光が包み込む。


「‥‥あ‥‥ん。え? えぇっ?!」
 ナミはオートリペア機能を働かせた。すると、どうだろうか。
 装甲などの損傷は当然回復できなかったものの、内部機構は概ね修復されていた。
 何より驚いたことは乏しかったエネルギー残量が、このバトル・ロワイアルの開始
当初を超える、約40%ほどにまで回復していたことだ。
「‥‥間違い、ない‥‥ですけど、どうしてエネルギーが‥‥」
 もう一度モニターしてみたが、やはり結果は同じであった。
 ただ。内部機構の修復効果は思った以上ではなく、とりあえずは良くなった‥‥と
言ったところである。特に冷却系は、全力の稼動には全く耐えられそうもなかった。
折をみて補助的に使うのが関の山−−無いよりはマシ、と言う程度だ。
 しかし。これはナミにとって予想以上の効果であった。
 一番の懸念材料である「エネルギー残量」に著しい効果があったのだから。

 非常に不自然な結果ではあったものの、むしろ嬉しい誤算であった。
 そしてナミは、またリペアシステムを作動させた。
「リペア機能、作動します‥‥」
 すると今度は‥‥いや今度も、またナミは驚くことになってしまった。
「こ・これは、どうなっているのでしょう‥‥?!」
 今回のリペアでは各部とも殆ど修復されておらず、しかも肝心のエネルギー残量が
約30%にまで低下していたのだ。まだこれでもリペア前までと比べれば充分な量とは
言えるのだが。
「‥‥これで当座のエネルギーは確保できましたけど、でも肝心の冷却系は殆ど変化
なしですね‥‥」
 どうやらリペア機能は作動するが、その効果に非常にムラがあり、加えて必ずしも
修復が行なわれるとも限らないようだ。
「これではリペア機能はあてにならないと思っておいた方がいいのかも‥‥やっぱり
今後も、できるだけ効率よく‥‥敵を倒していかないといけませんね。エネルギーの
消費を少しでも抑えないと。少しでも早く、ご主人様の許に帰るために‥‥」

 そこでナミは“くるっ”と向きを変えた。その方向は南‥‥。

 思い返してみれば‥‥かなりスタート地点から離れれているこの辺りで出会った敵
と言えば‥‥ナミにしても強敵と言えた、あの二人だ。その前に遭遇した敵と言えば、
巧みに逃げられはしたものの大した敵ではなかったはずだ。
 すると。スタートの順番の問題もあるが、強い者か自分を良く知っている者ほど、
遠くへ移動しているのではなかろうか。
 そして、そうでもない者は案外、まだスタート地点付近にいるのではなかろうか?
またそのような相手は、このような状況下では身を隠すことができ、奇襲ができる
ような場所にいる公算も高い。
 だが、この場合は可能な限り厄介な相手を先に倒しておくべきだろう。そうすると
このまま西に向かうよりも北か南に行った方が良い結果に結びつくだろう。しかし、
北にはアズライトが向かっている。
 何より、この付近、ましてやナミよりも先に進んでいる者など考えにくい。

「ご主人様‥‥ナミは必ず、必ずご主人様の許に帰ります‥‥それまでナミのことを
見守っていて下さいね‥‥敵を総て倒す、その時まで」

 そしてナミは南の方向へと歩き始めた。





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