別離と帰還(2)
いつのことなのかは記録に残っていない。
もしかしたらこの世界とは違う世界なのかもしれない。
とにかく、はるか昔。はるか遠く。
獣人や妖精たちと人間が共に暮らしていた、神話のような時代のこと。
冬の凛とした空気に映える見事な朝焼けの中、若き日のグレンとマナは、
屋根の上で昇り来る太陽を見つめていた。
二人並んで、身じろぎもせず。じっと見つめていた。
いつまでも太陽が昇らなければと、心の中で願いながら。
なぜなら、この太陽が完全に昇ったら、天魔の娘・マナは天使として、
里親・グレンの元を巣立たなくてはならない定めだからだ。
いつしか父と娘という絆を越えて、男と女として愛し合うようになっていた2人にとって、
この別れは身を裂かれるよりなお苦しいものだった。
それでも。
2人は別れなくてはならなかった。
天使は一つ所に留まってはいけない。誰か一人を想ってもいけない。
多くを愛し、多くを助ける。
それが天使の決まりであり、存在理由なのだから。
一介の魔術師や天使ごときが逆らうことなど不可能な、神の決めたルールなのだから。
「ありがとう、お父様…… だいすきだよ」
マナはかすれた声でそれだけを伝えると、くるりとグレンに背を向け、立ち上がった。
その勢いのまま太陽めがけて飛んでゆく。振り返らずに。
まっすぐ、前だけを見て。
グレンは、屋根の上に立ち尽くし、マナを見送っていた。
姿が見えなくなるまで。
見えなくなっても。
日が沈むまで。
日が昇っても。
彼は来る日も来る日も、マナの飛び去った東の空を眺めて暮らした。
気高く清楚な純白の翼を、金色に輝く髪を、
女の子から少女へと移り変わる、その危ういバランスの上に乗っかったシルエットの美しさを、
ただ、思い出し、反芻し、涙して暮らした。
マナのいない世界のことなど、興味は無かった。未練も。