グレン様、宇宙人に会う
(一日目 11:14 森南部)
「そこで私は天からの啓示を受けたのだ!この神の体もて全臣民を統治
せよ、と!それからは苦難の連続だった……(しみじみ)私の偉大な
思想を理解せぬ無知蒙昧な連中をちぎっては投げちぎっては投げ……」
「あーはいはい」
「それはもう凄まじい戦いだった!恐るべき兵器を操る悪人ども!!
そして私を憎みつつも最後は愛してくれた女達!!ああっ、彼女達は
今もなお夢枕に私の勇姿を想ってくれているだろう……!」
「あーはいはい」
「一番苦労したのは帰還の方法を模索する事だった!!しかし、優秀
かつ勇敢な私は基地の資材を利用し……」
すぱあんっ!!
法条まりな(No,32)は、更に自慢話を続けようとするグレン・コリンズ(No,26)
の脳天をハリセンで引っ叩いた。
「あぎゃあっ!?」
「いい加減にしなさいっ!」
「ひっ、酷いではないかミス法条!私が何を……!?」
「……それじゃ、その後何を言うつもりだったの?」
「それは無論私が『グ……』」
すぱぱんっ!!
「……わ、私が悪かった事にしておいてやろう……。
だからぱんぱん私の頭を叩くのは止めてもらえないかね?」
「『蹴りとこれとどっちがいい?』って聞いてこっちを選んだのは貴方よ、
グレン・コリンズ?」
「……『暴力を振るうのは野蛮』と君の国の学校は教えなかったのかね?
ミス法条?」
「―――話の通じる相手なら、そうしてるわ」
アインとの遭遇後、二人は一路灯台を目指していた。
目的は無論『グレン・スペリオル・V3』の機材を利用する事だ。
移動を開始して数十分、他の参加者に出会うことも無く行程は順調であった。
が、既にまりなの精神は激しく疲労していた。
原因は言うまでも無くこの男、グレン・コリンズである。
今まで自慢話ができる相手に恵まれていなかった故か、ひたすら喋りつづけるのだ。
特に彼の脳内では、この姿になってから地球へ帰還するまでの思い出は一大叙事詩
として存在しているらしく、ようやく『グレン伝第3部序章〜今までのあらすじ〜』
が終わった所だった。
まあそれは何とか我慢するにしても、問題はその話に首輪解析の情報に繋がりかねない
個所が多々あった事である。
その為、まりなはグレンが所有していたハリセンを使ってこうして危険な所でツッコミを
入れているのであった。
(やっぱり人選ミスったかしらね……?)
枝の隙間から見える空を眺めて、まりなは思わずそんな事を考えてしまう。
―――その時、突然グレンの歩みが止まった。
「どうしたの?急がないと……」
そう言ってまりなはグレンの方を見た。
しかし、何故かグレン自身も怪訝な表情で自分の触手を見つめている。
「ん?んん?」
首を左右に振るグレン。
「ん〜〜〜〜〜っ!?」
思いっきり首だけ前に伸ばす。しかし触手はまるで根が生えたように動かない。
「ゼェ、ハァ……こ、これは一体どうしたことだ!?」
「ど、どうしたって言うのよ!?」
「分からん!いきなり私の足だけが……くぬっ!くぬっ!!」
グレンは更に必死に触手を動かそうと、額に汗をかきながら力を込めるが……
「……のわあああぁぁぁぁっ!?」
今度は凄い勢いで走り出した。あわててまりなが追う。
「何処行く気よっ!?」
「しっ、知らん!?こいつらに聞いてくれええぇぇぇぇ………」
ドップラー効果を残しつつ走ってゆくグレン。
たちまちまりなが遠くなってゆく。
「ええいっ!我が足の分際で私に逆らうとはなんたる事かっ!」
何故か首しか自由にならない。まるで全ての触手が反乱を起こしたかのようだ。
風のように森を一直線に駈け抜けてゆく触手達。その動きはグレン自身が操る時とは
比較にならないほど素早い。
しばらくして、グレンの眼前が急に開けた。どうやら森の南側に出てしまったようだ。
再びぴたりと止まる足。
「なっ!」
グレンの目の前に、一人の少女が立っていた。
「警告対象は二人―――」
長い髪を潮風に揺らしつつ、彼女―――監察・御陵透子が言葉を放つ。
その声を聞いた瞬間、グレンの触手達はぶるぶると震え出した。
だが、透子は全く意に介す事無く言いつづける。
「No,26 グレン・コリンズ」
「No,32 法条まりな」
「(ガサッ!)……ハァ……ハァ……ちょっとグレン!貴方……」
その時、ようやくまりなが森から抜け出した。
荒い呼吸を整えてグレンに文句を言おうとするが、眼前の透子に気がつき言葉を失う。
「……!この子は……!?」
「ソいつには近ヅくなっ!」
彼女に近寄ろうとしたまりなを、グレンが激しい口調で止めた。
ようやくグレンは自分の触手達の暴走理由に気づき始めていたのである。
全ての動物は自分が絶対に叶わない存在と接した時、例外無く一つの感情を抱く。
すなわち―――怯え。
「警告事由は2点」
「1・当ゲーム参加者拘束用首輪の分析」
「及びそれによる大会運営の阻害」
「2・島からの逃亡準備」
「シッ……」
グレンは小さく息を呑み―――
「シャアアアアァァァッ!!」
もはや人間には発音不能な声で触手を透子に振り下ろした。
だが、彼女を締め付ける筈の触手達はむなしく地面を打ち付ける。
「!?」
「該当する2名は」
続けて声が響く―――今度は背後から。
驚いて振り向くと、透子は全く先ほどと変わらない姿で立っていた。
「本日正午までに」
「所持しているNo,31 木ノ下泰男の首輪を廃棄し」
「調査を中止しなさい」
「さもないと―――」
「死ぬ事になる」
それだけを一方的に言い放ち、透子は消えた。
一陣の風だけが後に残る。
「……警告役……って訳ね……」
ようやく冷静になったまりなが疲れた様に言った。
少し不安げに傍らの俯いているグレンを見る。
「グレン……大丈夫?」
「あ、ああ。私は平気だ。……もっとも、私の体が本能的に反応してしまったようだが」
「体が?」
「うむ。―――私のこの体は地球の物ではない」
「まあ、それは見れば分かるけど……」
「おそらく、この体に残った遺伝子レベルでの生存本能が勝手に反応したのだろうな」
「つまり……あの子も宇宙人って事?」
「うむむ……断定はできんがそれに近い物ではないかとは……思う」
「随分とあいまいね」
「ふんっ!神の体には秘密が一杯なのだ。恐れ入ったかね?」
ようやく元の口調に戻るグレン、触手の制御も戻ったようだ。
「で……どうする?貴方だけここで降りてもいいわよ」
「ふはははは!私をどうやら甘く見ているようだねェ、ミス法条!?
このグレン・コリンズに『諦め』と『敗北』の2文字は存在しないのだよ!」
―――それに、君と別れては大事な弾除けがいなくなってしまうではないか。
心の中でこっそりと付け足す。
「ありがとう……見た目によらず結構良い人ね、貴方って」
「当然ではないかっ!おお!良い人といえば私が昔ロンドンのさる研究所に客員として
招かれた時の話をしてやろう!あれは今から―――」
「……これが無ければ文句無しなんだけど……」