毒とナイフと太った死体
アイン1
(1日目 10:46)
グレン・コリンズ(No.26)と法条まりな(No.32)との戦闘後、アイン(No.23)は廃村の西側に
移動して周囲を調べていた。
(先程の2人組の怪物。ゲームに乗っている上に、正体不明の能力を持っていてかなり危険ね。
出来るならエーリヒと魔窟堂と協力して排除しておきたいところだけど……。
それに、神楽が他爆装置を付けたという2人組の男性。もし遭遇したら、彼らも殺しておくべきね)
後者はともかく前者は大いなる誤解なのだが、アインはそんな事を知る由もない。
(あれは……煙? 誰かがあの家にいるようね)
アインは前方の民家から煙が出ているのに気付き、そこへ向かうことにした。
(1日目 11:01)
(テーブルに突っ伏している太った男の死体。床に落ちているカップ。
自然死という可能性も全くないとは言えないけど、料理に毒薬を入れて殺した可能性が高いわ。
……疑問点は2つ。殺した人間の正体と既に逃走したかどうかね)
気配を消しつつ民家に侵入したアインは、キッチンで発見した男の死体を前に冷静に分析していた。
と、その時、2階でドアを開け閉めする物音がした。
(どうやら、まだ殺人者はいるようね。
毒殺である以上、あの男を殺した理由は自衛の為ではなくゲームに乗ったからだということになる。
そして、初めて人を殺した人間は大概の場合、罪悪感や恐怖に囚われて冷静な思考が出来なくなり
自滅する。説得して仲間になどせず殺しておいた方が、私達が生き残る可能性は高くなるわね)
そう結論付けると、アインは静かに2階へと向かった。
クレア
(1日目 11:07)
2階の一室。
箪笥やクローゼットの中には何故か、洋服、和服、割烹着、エプロンドレス。果ては水着にウェデ
ィングドレスと様々な衣服が用意されていた。
『殺し合いで服が汚れた者へ。好きな服を選んで着るがいい』
そんなふざけたメッセージカードと共に。
先程猪乃の応対をした時には和服に割烹着を選んだが、クレアは着替えにいつも着ているエプロン
ドレスを選んだ。
そして着替え終わった後、クレアは窓から外を見ながら今後の方針を考えていた。
(毒薬の威力は説明書通りだった。まだ、あと数回は使えるわ。
でも、さっきのように簡単にいくとは思えない。有効に使うには……)
「1階の死体はあなたが殺したのかしら?」
突然背後から声を掛けられ、クレアは驚愕した。
慌てて振り向くと、そこには黒髪の少女が立っていた。
(いつの間に? 階段を上ってくる音が聞こえた筈なのに、どうして気付かなかったの?)
内心の動揺を押し隠しつつクレアは、笑顔を作って少女に話しかけた。
「あら、いらっしゃい。チャイムを鳴らしてもらえらば玄関で出迎えましたのに」
「1階に男の死体があったわ。殺したのはあなたなの?」
クレアの言葉を無視してアインは尋ねる。
「まあ! 1階に死体が! 知らなかったわ。いつの間に……」
「男は料理を食べて死んだ様子だった。あなたの支給品は毒薬で、料理にそれを入れて彼を殺した。
違うかしら?」
「…………。ふう、勘の鋭い子ね。ええ、そうよ。私があの男を殺したわ」
「ゲームに乗ったということね。なら……殺させてもらうわ」
そう言って、アインはナイフを構えた。
「ゲームに乗ったから殺す? おかしな話ね。
私を殺したら、あなたもゲームに乗った事になるじゃない。殺した後であなたも死ぬとでも?」
クレアはアインを見据えた。
「私は今、島からの脱出もしくは主催者の打倒を目指す人達と行動を共にしているわ。
計画を成功させるには、殺すために生かされていた私のような暗殺者はともかく、
ゲームに乗って初めて人を殺した人間を野放しにしておくのは危険なの。
だから、殺させてもらうわ」
「その年齢で暗殺者!? 冗談にしては笑えないわね。
……悪いけど、そう言われて、はいそうですかと殺されるわけにはいかないの。
私は生き残ってあの人の所へ帰るんだからっ!」
クレアはそう言うが早いが、エプロンドレスのポケットから毒薬の入った小瓶を取り出して、アイ
ンに投げつける。
アインはクレアの反応を予期していたのか、難なくそれをかわす。
(不意打ちを狙ったのにかわされた!? でも、まだっ!)
クレアは用心のため傍らの壁に立てかけておいた金属バットを掴み、アインの頭めがけて振り下ろす。
アインは金属バットを片手で払いのけクレアの動きを止めると、躊躇なくナイフを彼女の心臓に突き立てた。
ゴボッ!
クレアは血を吐き、床に倒れていった。
クレアは屋敷のチャイムを鳴らす。
すぐに玄関に足音が近づいてきて、愛する人が扉を開けて出迎えてくれる。
クレアは笑顔を浮かべて彼に抱きつく。
「ただいま、フォスター」
「クレア! 一体今までどこに行っていたんだい。突然いなくなってみんな心配したんだよ」
「ごめんなさい、心配をかけてしまって。でも、もう大丈夫ですから」
「謝らなくてもいいさ。君さえ無事でいてくれれば。
……何だか顔がやつれているな。今日はもう寝た方がいいよ」
「すみません。留守中ご迷惑をおかけして」
「文句は君が元気になってから言わせてもらうよ。だから、今は休養してくれ」
「ありがとうございます」
それは、本来あるべき日常。今後もずっと続いていくべき日常。
クレアは薄れゆく意識の中、自らの望む幻影に包まれながら二度と目覚めることのない眠りに落ちた。
アイン2
(1日目 11:22)
(安らかな死に顔ね。死ぬ間際に幻覚でも見たのかもしれない)
アインは床に仰向けに倒れているクレアの腕を取り、脈拍が止まっているのを確認してから胸に刺
さっているナイフを抜いた。
すぐにナイフを抜かなかったのは、返り血を浴びてエーリヒ達に不信感を持たれることを避ける為だ。
ナイフに付いた血は目に付いた洋服で拭う。
(過去の記憶など無い私は、死ぬ時に幻覚を見るなんて絶対にあり得ないでしょうね。
……いえ、もしかしたら彼の、ツヴァイの姿を見るのかもしれない)
ふと、そんなことを思いつつ、アインは部屋を出た。
そのまま階段を下りて、玄関を出る。
(そろそろ病院に向かった方がいいわね)
そして、アインは歩き出した。
死亡:【No.33 クレア・バートン】
――――――――――――――残り29人。