守られる喜びと守られる苦しみ

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(1日目 11:15)

闖入者の破廉恥な行為からしばらく経ち、落ち着きを取り戻した神楽(No.22)と遙(No.25)は、
意識を戻した藍(No.19)に、今に至るまでの経緯と状況を伝えていた。
「皆さんがお戻りになるまで、遙さんと藍ちゃんは、私がお守りしますから。」
そして、神楽はこの言葉で締めくくった。
彼女の言葉は、2人を安心させるための方便ではなく、本気で守る覚悟の宣言だ。
治癒力に目が行ってしまいがちだが、この少女は古流柔術の一流派を極めんとする手練でもある。
徒手空拳の戦い……ことに締め技の正確さ・華麗さに於いては、参加者中でも群を抜いた存在だ。
守り切る自信は十分にあった。

そんな彼女の言葉を受けた2人の態度は、好対照だった。

「うぅ……神楽ちゃんは優しいよ……私は嬉しいよ……」
藍は、その言葉に感動し、涙を流していた。
……彼女は、両親の愛を与えられず、常に孤独感を胸に抱いていた少女だった。
親の気を引くために家出しても、なぜ家出したのかすら聞いて貰えず。
数少ない友人たちも、それぞれの抱える問題に集中し、震える彼女に目を向ける余裕を失っていた。
だから彼女は、神楽の守るという言葉に、感動したのだ。
(神楽ちゃんは、私のこと、要らない子じゃ無いって言ってくれたよ……)

「わたし、いつも迷惑かけてばかりで、いつもお荷物で……」
遙は、その言葉に内省し、俯いた。
……彼女は、人の重荷になることの辛さ、重圧感を、誰よりも知っている女性だった。
何年も植物状態で過ごして以降、彼女の愛する人たちの時を止め、人間関係の糸をもつれさせた。
最愛の男性を縛りつけ、苦しめ、傷つけ、消耗させた。
だから彼女は、神楽の守るという言葉に、負い目を感じたのだ。
(強くなりたい……心も、体も。誰にも迷惑をかけないように……)

そんな好対照な2者の反応を他所に、澄んだ声が、病室に響いた。
「警告対象は以下六名……」
3人の誰の物でもない。3人の誰も聞いたことが無い。か細い少女の声が。
「1、No.11 エーリヒ・フォン・マンシュタイン」
「2、No.12 魔屈堂野武彦……」


3人は、声のする方を振り返った。
「3、No.19 松倉藍」
「4、No.22 紫堂神楽」
4人部屋の病室、藍の横たわる窓際のベッドからは対角線上に位置する扉側のベッドの脇……
仕切り用のカーテンに閉ざされたその向こう側にシルエット。細く淡く、微かな。
「こんにちは。どちら様でしょうか?」
3人の中で最初に口を開いたのは、やはり神楽だった。
「5、No.23 アイン」
「6、No.25 涼宮遙」
しかし、影は神楽の質問が耳に入っていないかのように、言葉を続ける。
「警告事由は以下三点……」
神楽の背後には、手を取り合って震えている藍と遙。
「こちらには戦う意志がありません。」
「1、主催者への反乱準備」
……無視。
「あなたにも戦う意志はないのですね?」
「2、島からの逃亡準備」
……無視。
「話し合いに来られたのなら、姿くらいお見せになってくださいっ!」
ざぁぁぁぁぁっ!
対話に応じない影に業を煮やした神楽は、強気にカーテンを引き開いた。

が、しかし。
「え?」
……カーテンの向こうには、誰もいなかった。
「消えた……」
神楽には、何故透子がそこから消えたのか、まるで解らなかった。
彼女はその目や耳以上に敏感な皮膚感覚を持っている。気配を感じるための。
その感覚は確かに、カーテンの向こうに人が居ると告げていた。
人外ではなく、人がいる、と。
その只のヒトが、どうやって瞬時に姿を消したというのか?


「きゃあっ!」
「ウソ……」
遙と藍の悲鳴が聞こえ、神楽は振り返る。
藍のベッドと窓との間。
現実から遊離しているかのような少女が、風にその長く艶やかな髪をたなびかせていた。
「3、馴れ合い、戦意無し」
監察・御陵透子。
その存在感は希薄。しかし、明瞭。
例えるなら、油絵ばかり展示されている美術館に、一枚だけ飾られた水彩画の存在感。

神楽は混乱するより先に体を動かし、藍と透子の間に割り込むが、
透子には攻撃の意志は無い様で、緩慢に両の眼を左右させている。
まるで、自分が今、どこに居るのかを確認しているかの様に。
そんな動作を5秒ほど行った後、今度は神楽たちの顔を一つずつ眺め、口を開いた。
「該当する六名は」
「正午の放送までに……」
「協力関係を解除し」
「単独行動を取りなさい」
遙が息を飲む。藍が神楽の背中にしがみつく。
2人が庇護も無く島をうろつくことは、飢えた野獣の檻の中に、羊を放つのと同義だからだ。
神楽は臍下丹田に力を込め、深く細い息を吐く。
青白い燐光が、その身に燃え上がる。
「いやです……と、答えたら、どうなるのでしょうか?」
覚悟を固めた神楽の、最後の問い。
その背は、戦いのことなど全く知らない遙が見ても、十分に「怖い」物だった。
が、そんな神楽の無言の圧力も涼風程度にしか感じていない風に、透子は相変わらずの表情だ。
しかし、ここに来て始めて、透子は神楽の問いに答えた。
「……死ぬことになる」

 ふ……

そこまで言うと、透子は姿を消した。
神楽は窓から身を乗り出し、下を見やるが……やはり透子の姿は無かった。


「怖いよ……1人はいやだよ!死にたくないよ!!」
恥じることなく涙を流し、嗚咽を漏らし。沸きあがる感情をそのまま口に出す藍。
「……。」
俯いたまま押し黙る遙。その顔色は蒼白。膝は震えている。
「大丈夫です。」
そんな2人に微笑み返す神楽の瞳には、いつもの余裕が無かった。

そして、藍の心の奥底に息を潜める獣も、また。
『解らない……解らないけど。アイツには勝てないょ……』
その嗅覚で以って、透子の圧倒的な……しかし正体不明の威圧感を、嗅ぎ取っていた。




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