グレン様、誤解を生む

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アイン・1


(一日目 10:23 廃村・井戸付近)

アイン(No,23)は、自分が見ている光景が何を意味しているのかを考えていた。
今自分が隠れている家屋の影から十数メートル先、そこに井戸がある。
問題は井戸の近くで何かを話している二人の―――否、一人と一匹の―――姿であった。
彼らの話の内容までは聞こえないが、話しつつ手帳らしきものを交互に渡している。
片方の物体の事はアインもはっきりと覚えていた。
うねうねと蠢く五本の触手の上に、ちょこんと乗った白人男性の頭部。
間違い無くスタート地点において自分と遙を襲った怪物だ。
もう一人のスーツ姿の女性については分からなかった。
(どうやら、襲われていた訳ではないようね……)
遠くから二人の姿を見た時、アインはそう判断して駆けつけたのだ。
だが近距離から見る彼らは明らかに対等に話している。
いや、むしろ女の方が上位に立ってあの怪物に何かを言っているようであった。
(!?)
突然、アインの目が驚きに見開かれた。
怪物の方が急に笑い出したかと思うと、次の瞬間女が怪物の顔面に蹴りを入れたのである。
盛大に吹き上がる鼻血。
怪物の方は何やら抗議をしたようだが、二言三言言った所で渋々と引き下がる。
この時点でアインの考えは確定した。
(おそらく、あの女性も人間では無い……って事でしょうね……)
それも、間違い無くあの怪物よりも強い存在。
ここまでの事象はそう示していた。
(なら……迷っている暇は無いわ)
幸いにしてあの怪物達(とりあえずアインはそう認識している)は話に集中しており、
こちらの気配に気づいてはいないようだ。
腰のナイフを引き抜き、じわじわと距離を詰める。
一挙動で仕留めれる所まで、あと数m―――。


グレン・1

「……つまり、どうしようもないって事?」
(……大体の状況は分かってもらえた?)
「あ、当たり前だー、機材が無ければどうしようも無いにきまっておろうー」
(ふむ、まさか既に6人も死んでいたとはな……愚かな事だ)
「参ったわね……」
(ちょっと、その台詞丸分かりの棒読み、何とかならないの!?)
井戸の側でグレン・コリンズ(No,26)と法条まりな(No,32)は情報交換を行っていた。
盗聴を避ける為、口で適当な事を言いつつ慌しく手帳に文を書きこんでゆく。
もっとも情報交換とは言っても先ほどまで眠っていたグレンが何か知っている訳も無く、
まりなが彼に説明する形になっていた。
(それよりもこんな方法で騙し切れるのかね、ミス法条?君の意見が全て正しいと仮定
 するならば、君の目的も既に筒抜けの筈だが?)
(そうでしょうね……でも、それならとっくに私の首輪は爆発してる筈よ。
 ……協力を頼んだ貴方を含めてね)
ぎょっとして触手の一本を首に当てるグレン。
(わっ、私は何も知らなかったぞ!貴様が私を強引に……)
(はいはい。……ところがこうして私達は生きてる。何故だと思う?)
まりなの謎かけにグレンは一瞬眉をひそめ、次に苦虫を噛み潰したような顔になった。
(!……おのれ、連中はこの私を甘く見ているというのかっ!?)
(そう言う事。多分、主催者側は私達の行為を無駄な事だと思ってわざと泳がせている。
 私達が勝つには、その過信につけ込むしかないでしょうね)
(ぐうっ、馬鹿にしおって!!この現人神グレ……)
怒りに任せて書き殴ろうとするグレンの手からまりなは手帳を素早く奪い取る。
(やめてよ、そんなにページないんだから。文句なら地面に書いて)
(んぐぎぐ……!何と生意気な女だ!)
(そんな事より、本当に解析はできるの?)
(ふんっ、当たり前だ!灯台の所にある私のロケットを利用すればこの程度の首輪の解析
 など簡単な事!)
(信頼してるわ。『紙一重を突破してしまった天才』グレン・コリンズ)
書いた直後、まりなは自分が書いてはいけない言葉を出してしまった事に気付いた。
予想通りグレンは大声で笑い出す。
「ふ……ふははははははははははははははっっっ!!天才!!そぉぉう天才ぃぃっ!!
 この私の頭脳を甘く見た連中なぞ敵ではないぃぃぃッ!!」

グレン・2


「……始まっちゃった」
うんざりした口調でまりなは呟いた。
決してさっきの異名は誉め言葉ではないのだが、そんな事は彼にとって問題ではない。
「天才」この言葉が重要なのだ。
井戸から引っ張り出してから数分で、既にまりなはそれを理解していた。
(よっぽど周囲から認められてなかったんでしょうね……)
何となく哀れみを込めた目で彼を見てしまう。
だが、本当の問題はこの後だ。
まりなは静かに右足を上げた。
「ああ今こそ天よ照覧あれっ!今再び至高神グレン・コリンズが奇跡を起こすのだ!
 我が愛しの『グ……(がすっ!!)はぎょおっ!?」
手加減なしの突き蹴りがグレンの人中に叩きこまれる。
盛大に吹き上がる鼻血。
「ななな……いきなり何をするのだっ!?」
「大げさね、虫を追い払っただけじゃない」
怒りの抗議をするグレンに、まりなはにこやかに返答した。
しかしその目は全く笑っていない。
(それはこっちの台詞だわ!主催者に方法がバレたら今度こそ爆殺よ!?)
「ぬ……ぐ……」
渋々とグレンは引き下がった。
だが……その口元に微かな、本当に微かな笑みが浮かんでいる事にまりなは気付かない。
(クククク……せいぜい今の内に威張り散らしておくが良いわ。あとほんの数分後には、
 貴様は私の美しい体に頬擦りして永遠の隷従を誓う事になるのだからな……)
グレンとて、ただへいこら彼女に従う気は毛頭無かった。
彼女を自分のいいなりにしてしまえば、グレン的には結果は同じなのだ。
いや、それどころか首輪の情報を独占してしまえば強力な交渉材料となる。
そうすれば他の女性参加者を、首輪解除を餌にして好き放題にもできるだろう。
(私の受けた屈辱、百倍にして返してくれる……)
良く見れば、ちょうどグレンの背後にある触手が一本地面に埋まっている。
それはミミズのように少しずつ地中を進み―――今はまりなの足元まで伸びていた。
あとは彼女の気を一瞬だけ他所へそらし、その隙をついて締め付ければ良い。
(思い知れっ!)
「ミス法条!後ろだッ!」
「えっ!?」
グレンの思惑通り、まりなは彼の示した方向に体を向けた。
(もらったァッ!!)

ボコォッ!

地面から触手が出現する。その先端は狙い過たず―――
―――物陰から飛び出したアインを直撃していた。

「……………はい?」


アイン・2

(そんな……っ!?)
アインは驚きを隠せなかった。
完全に気配は殺していた、それこそ一流の暗殺者クラスでなければ彼女の存在には気が
つかなかった筈だ。少なくとも人間ならば。
―――と言う事は、こいつらはそれと同等の戦闘力を持つことになる!
「ぐっ……!」
何とか途中でブレーキをかけて飛び退くものの命中は避けれず、したたかに胸を打つ。
肺の空気が強制的に吐き出される感覚。
それに耐えつつナイフでその触手を切り落とす。
「んぎゃああああぁぁぁっ!ききき貴様あっ!一度ならず二度までもぉぉぉっ!?」
男の方が悲鳴をあげ、大きく触手をのたうたせた。
「……『ファントム』!?」
女の方が構えを取った。どうやらこちらは自分の通り名を知っているようだ。
(一度退くべきね)
その名を言われた事が逆にアインに冷静さを取り戻させた。
相手は二人、かつ正体不明の能力を持っている。
不意打ちが失敗した時点で勝率は無いといって良いだろう。
今仕留めれないのは残念だが、犬死では意味も無い。任務を優先せねばならなかった。
アインはバックジャンプで再び物陰に隠れ、走り出した。
向こうでは声が聞こえていたが、追ってくる気配は無いようだ。
(……ここで村の東は終わり、次は西ね)
そして再び、アインの気配は消えた。


グレン・3

「……どうやら退いてくれたみたいね」
「あうあうあう……な、何なのだあの小娘は!?」
「通称『ファントム』、世界屈指の殺し屋の一人よ。ひょっとしたら世界一かもしれないわ。
―――正直、命拾いしたって所ね」
「拾っておらんわっ!ああ、私の神聖な体がぁぁ……」
「どうせまた生えてくるんだからいいじゃない。……それより、お礼を言わないとね」
「……ん?」
「ありがとう、貴方が言ってくれなかったら多分やられてたわ」
「あ……ふ、ふはっ、ふはははははははっ!何、私を助けてくれたほんの礼に過ぎんよ!
 わは、わははははははははは……(言えん……)さあ!それでは行こうではないか!!
 我が『グ……』(バキィッ!)ごめすっ!?」
「(だから名前出すなって言ってるでしょうがっ!)」



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