乗る事と乗らない事
(一日目 07:17)
「ぶぅ〜〜〜ん、ぶぅ〜〜〜〜ん!!」
朝の爽やかな空気の中、木漏れ日を受け照り輝くその公園で、
五十過ぎのヒゲオヤジ・堂島(No.07)が、心底楽しそうにジンジャーを乗り回していた。
目を疑うような絵ヅラだが、この情景は紛れも無い真実だ。
「ひひ……早いぞ早いぞ!!薫の『Let's号』!!」
そんな彼の様子ベンチから眺めて、頭を抱える大小の影。
タカさん(No.15)とまひる(No.38)だ。
「っかしーなァ…… 頭がどーにかなっちゃうほどの事ぁ、してねぇんだけどなぁ?」
「……おじさん、死ぬとか許してとか言ってた。」
ジト目でタカさんを見上げるまひる。
「ア、アタシが悪かったよ…… 反省してる。おっちゃんの面倒はしっかりみる。」
タカさんは所在無さげに目を逸らす。
この堂島の幼児退行は、タカさんの強チンが引き金となって起こったからだ。
実のところ、原因は堂島に積み重なった幾つもの心理的負荷が並列しての退行だったが、
読心能力を持つ知佳ならいざ知らず、この普通人2人では、因業親父の胸中までは覗けない。
「面倒みるって、守ってあげるってこと?」
「守る?」
まひるの当たり前な問いに、タカさんは本気でクエスチョンマークを出す。
「守るっつーか、メシの世話とか、寝床の確保とか、性欲の処理とか、そーゆーこと。」
「いらないいらない、最後のはいらない。
……って、そーゆーことじゃあなくって!」
だむだむだむ!
ベンチを掌で叩きながら、まひるは感情的に言葉を続ける。
「あたしたちは今、「なんだこりゃ〜」って叫びたくなるような
殺人ゲームに放り込まれてるじゃないですか。
守るって言ったら命!ライフ!これ一点に決まってるでしょ!?」
「そんなこたぁ、主催者のバカチンが勝手に言ってるだけじゃねえか。
アタシはそんなのに乗ったつもりはないぜ。」
「あいたたた……
タカさんがどう思うかは関係ないところで話は進んでるんですってば!
さっきのキモチワルイ放送でも言ってたでしょ?
6人!6人も死んでるんですよ!?」
「吠えるな、悩むな、メシを喰え!!腹が膨れれば、ほとんどの悩みなんて解決するモンだ。」
だむだむだむ!!
「うわぁ、も〜、全然分かってない人だなっっ!!
あたしたちに殺す気はなくても、あたしたちを殺す気マンマン人達がいるんだってばさ!!」
「……キーキーうるせぇんだよ。これだから女ってのは鬱陶しい。
いいか?守るとか逃げるとか、そーゆーことを考えちまう時点で、
すでにお前もこの糞ゲームに乗っちまってるんだよ、まひる。」
「え?」
その言葉は、盲点だった。
殺せる、殺せない。撃てる、撃てない。生きる、死ぬ。
公園にたどり着くまでのまひるの思考のほとんどは、それで占められていた。
日常生活に於いて、彼はそのようなことを一度も考えたことがないのに。
確かにそれはタカさんの言うとおり、ゲームのルールに乗った上での思考だ。
「じゃあ…… じゃあ、タカさんは、どうするんですか?
あたしにどうしろと?」
「アタシは、暮らすね。普通に。悠々と。」
「暮らす。」
「そ。まー、折角島に来たんだし、まずは釣りでもすっかね。」
「はぁ……釣り。」
「こう見えてもアタシゃ、港町の出でね。堤防釣りはお手のモンさ。
今晩は黒鯛の御造りだね。」
「鯛の御造り。
よくわからんが、マジだね、タカさん。」
「おうとも。」
ニッ!!
キラリと歯が光る、タカさんスマイル。
一連の発言は、普通に考えれば現実から目を背けた、逃げの姿勢だ。
退行してしまった堂島と、さして変わりないとも取れる。
しかし……タカさんの言葉には、刹那的の一言で片付けられない、底抜けにポジティブな響きがある。
自暴自棄さが感じられない。
この豪快な女性は、ゲームと状況を理解し、その上で、普通に暮らそうとしているのだ。
「ま、アタシはこんなだが、お前がどうするかは、お前が決めな、まひる。」
「え?」
お前も付いて来い。
てっきりそういわれるものとばかり思っていたまひるは、その言葉を聞いてショックを受ける。
「逃げる、殺す、主催者の糞ヤロウをブッ叩く……
お前の人生だ、好きに生きるといい。
ただ、自殺だけはすんなよ。
せっかく授かった命だ。大切にしねえと勿体無いからな。」
それは、優しさなのか、厳しさなのか。
「……。」
「欲しけりゃ、アタシの武器もやる。使うつもりねぇからな。
なんかよくわかんねぇでっかい筒だけどよ。」
そう言いながらタカさんは、自分のデイバックの脇に立てかけてある、筒状のものを顎でさした。
『M72A2』……
最終兵器にすらなり得る携帯用バズーカも、タカさんにとってはただの筒のようだ。
「じゃ、アタシらは行くよ。元気でな、まひる。
おい、おっちゃん、荷物持ちな?」
勢いよくベンチから立ち上がり、堂島に向けて声をかけるタカさんだったが、
堂島は反応することなく、ぶんぶんとジンジャーに熱中している。
「おっちゃん!!」
「あの……あの人、今、子供ってるんで。
坊や、とか呼ばないと気付かないのでは?」
「……そこのボウズ。」
ビクッ!
そこで、ようやく堂島は反応した。
その場で数秒、硬直する。
「ボウズ、荷物の用意しろ。行くぞ。」
たたたたっ!!
堂島はベンチに向かって駆け寄る。
そして、タカさんの脇をすり抜け、まひるの後ろへ。
ブルブルブルブル……
顔を真っ青にして、彼の手を握る。
「やだ。」
「は?」
「おじちゃんはコワいから、薫一緒に行きたくない。おかーたまと一緒に、ここにいる。」
ぎゅっ。
まひるの手を握る。
「な……」
……堂島が、タカさんに怯えるのは、ことのいきさつを考えれば仕方ないことだった。
「おじちゃんってのはどーゆーこった!アタシは女だ!
お前、アタシのおま○この中でイキまくったの、もう忘れたか!!」
「ヒ! 助けておかーたま、おじちゃんがいじめる……」
堂島の手を握り返しながら、まひるは考えていた。
(タカさん、よく分からない。でも……)
彼女のスタンス、言葉の端々に、自分には無い何か……
自分のように揺れず、波立たず、そこにどっしりと鎮座している、「強さ」のようなものがある。
たった一日で忘れかけていた、日常の匂いがする。
……難しく考えることはない。
(この人といれば、いつものあたしでいられそう。)
それだけで、ついて行く理由には十分だ。
「まあ、薫ちゃんもこー言ってるんで、あたしも一緒に行きます。」
「まひるがおっちゃんに合わせる義理はないだろ?」
「義理とかそんなじゃないです。
悩んで暮らすより笑って暮らしたほうが楽しいかなって、そう思っただけで。」
「そっか。そーしたいんなら、そーするといい。」
「……おかーたまも、おじちゃんと一緒に行くの?」
「あのね、薫ちゃん。この人はおじちゃんじゃなくて、お父さんなの。」
「ハァ!?」
「えへへへ。タカさん、薫ちゃんの面倒みるんでしょ?
だったら親子った方が楽しいな、って思ったんで。」
「おいおい……アタシはこれでも女だぜ?
おままごとなら、アタシが母親、まひるが姉でいいじゃねえか。」
「だ〜め!お母さん役はあたし!!ね、薫ちゃん?」
「おかーたまはおかーたま役じゃなくって、薫のおかーたまだよ。」
だむだむだむ!
「はい、表決は2:1でまひるがおかーたまに決定しました!」
「ち、キズつくぜ……」
ポリポリと頭を掻くタカさんに、まひるは微笑みかける。
「じゃ、行きましょうか、あ・な・た ?」
鉄腸すら蕩かす、大輪の花のような笑顔。
タカさんは、やれやれと肩を竦めて背を向ける。
まひるたちは気付かなかったが……背けた顔は赤く染まっていた。
(おいおい……アタシゃ、なに女の子の笑顔でドキっと来てるんだ!?)
……タカさんはまだ、『彼女』が『彼』であることを知らない。