愛に狂った鬼と鬼。 その陰に鬼、もう一匹。
(1日目 5:50)
鬼作2
鬼作は、目の前を行く人物に置いていかれないよう、足早に後をつける。
その人物こそ、先ほど鬼作が「利用するに足る」と判断した人物だった。
(ククク……コイツを篭絡しちまえばよぉ、勝ったも同然だぜぇ……)
鬼作は用意したノートに、ミミズの這ったような汚い字を記す。
首輪は盗聴器だ。声を出すな。
……実のところ、首輪に盗聴器の役割があるのかどうか、彼は知らない。
(まぁ、こうしたほうが信憑性ありそうだって感じるよなぁ……
おいおい、おれは、とんだ策士じゃねぇか。)
そしてもう一行。
「その人物」を篭絡するための文字を記して、しばし瞑目する。
……足の震えを感じる。
(怖い)
鬼作は臭作の死体を思い浮かべてしまい、震えが全身に伝染してゆくのを感じた。
(やっぱり、こいつの相手ぁ、おれじゃあ役不足なんじゃねぇか?)
踵を返して、相応の人物を探す。
そのほうが危険がないのでは?
しかし、それでは、「勝ち残る」確立が下がってしまう。
強いヤツ。
その条件だけは、譲れない。
(ここは引けねぇ。勝負どころだ。)
鬼作は深呼吸し意を決すると、ノートの文字を指差しながら、その人物に声をかけた。
「よぉ……耳寄りな話があるんだがねぇ?」
(1日目 5:30)
ナミ1
時は20分ほど遡り……
ナミは、またしても物騒な武器を手に入れていた。
千鶴のデイバッグから入手した手榴弾(×3)だ。
今、ナミは山の麓に位置する火成岩ばかりの荒れ野で、50Mほど先を歩いている男・広田寛に、
それを使用するところだった。
ピンを抜き、狙いをやや対象の手前に設定して放り投げる。
ひゅるるるるる……
広田は、ふらりとよろめいた。
それから遅れること0.3秒後、ナミが投じた手榴弾が、彼の4M手前で爆発する。
轟く爆音と渦巻く炎、舞い上がる白煙。
泥土や削岩が機関銃のように飛び散り、広田を無数の肉片へと分解した。
……しかしナミは、その爆発を確認することなく、
0.3秒前の映像のリプレイを、コマ送りで脳内解析していた。
その奥のほうに、なにやら小さなノイズが発生している。
(爆発前によろめいていたのは、このノイズと関係しているのでしょうか?)
command:画像拡大。
command:画像拡大。
command:画像拡大。
command:ジャギ処理。
command:色調補正。
…………。
100を超えるプロセスを2秒ほどでこなし、
ノイズ部分の画像を信用度93%の確立で導き出した結論は以下のようなものだった。
*対象者の北西4Mほどの岩陰に潜んでいる男が投じた何か(その何かの解析は不能だったが)が
*対象者の身体を貫通し、手榴弾が爆発するより先に、対象者を絶命させた。
銃器やそれに類する道具でこの結果ならば納得である。
しかし、ズームアップされた画像に映る眼鏡の男は、明らかに素手でその何かを投じていたのだ。
昨日までのナミの中枢コンならば、解析エラーを返したであろう。
しかし、2時間ほど前の死闘で、ナミの人工知能はいやというほど学習していたのだ。
UNKNOWNで、脅威クラスS級のヒト型生命体が存在することを。
「この島は、本当に、信じられないことだらけですよ、ご主人様。」
メッセージを送りながら、手榴弾のピンを抜いたナミは、それを岩陰の男に向かい、投じた。
アズライト
「悪く思わないで…なんて言えないよね…」
自分が投じた小石が広田の胸部を貫いたのを確認し、アズライトは悲しげに呟いた。
そして目を閉じる。
人を殺めた後に自分を責める、自虐的な贖罪―――その時。
どぉぉぉおおおん!!
大地を揺るがす振動と爆音が、アズライトを襲った。
あわてて目を開けると、多数の石片や土くれが四方八方に乱舞している。
「つ!!」
白煙が彼の視界を奪ったため、通常なら難なく避けることの出来るそれらが、次々と直撃する。
常人ならばそれだけで絶命するであろう勢いと量で。
だが、その力を自ら封印してるにしろ、彼は闇のデアボリカだ。
ナミや千鶴には及ばぬものの、一般人とはケタの違う防御力を持っている。
8M先で起きた爆発で飛んでくる火成岩のかけら程度では、皮膚を切り裂けても筋肉までは貫けない。
(何が起こったの?)
アズライトは未だ晴れぬ煙に目を凝らすが、何も見えない。
(爆発が起きたのは間違いない。でも、どうして?)
状況の把握が出来ないまま、皮膚に突き刺さった小石を払い落とすアズライト。
そこに、少し大きめの何か飛来する。
ぱしっ。
反射的に払い除けたそれは、ただの石では無かった。
閃光。
「え?」
―――そして爆音。
ナミ2
爆発を確認すると同時に、ナミは攻撃対象に向けて移動を開始。
それと同時に動体センサーを前方60Mまでの扇状の範囲にかける。
「やっぱり、生きていましたか」
爆心地から3Mほどの地点に、アズライトの存在を確認する。
彼は南へ向かって走っている様子だ。
煙の中からの脱出を図っているのだろう。
(残念ですね……煙の中でしたら、各種センサーのあるナミに有利な状況でしたのに)
ナミもまた、彼を追って、南へと走る。
そこに、男がいた。
全裸に近い格好で、
チリチリに焼け焦げた長髪で、
顔の右半分を真っ赤に火ぶくれさせて、
二の腕から先の右腕を失って、
それでも、苦痛をその面に表さない涼やかな男が、戦闘体勢で待ち構えていた。
シュタッ……
「ごめんね……遠慮はしないよ」
アズライトはナミに向かい、地を蹴る。
こうして、第二ラウンドが開始された。
アズライト・なみ
「僕は、死ねない。レティシアに会うまで。この胸に再び抱きしめるまで!」
アズライトが、そう言いながら飛燕の蹴りを繰り出せば、
「ナミだって、ご主人様の元へ帰るんです!!
ご飯を作ったり、お掃除をしたり、お洗濯をしたりするんです!!」
なみは、右手チェーンソーの裂魄の薙ぎで切り返す。
高速移動装置用の冷却タービンが故障しているナミの速度は、
アズライトの半分ほどしか出ない。
また、爆風によって右腕を失い、上半身に幾つもの火傷を負ったアズライトは、
ナミの半分の手数しか出せない。
お互いが大きなハンデを背負っての戦闘だ。
それでも。
彼らの戦いは軽く人の次元を陵駕している。
身長より高い跳躍。
重力に逆らうような身のこなし。
地響きすら生じさせる踏み込み。
相手を数メートル吹っ飛ばす攻撃。
「君は、愛する者のために、全ての参加者を殺すつもりなの?」
「あたりまえです。ご主人様への想いは、全てのタスクに優先されます。
あなたもそうなのでしょう?
ナミには分かります。
どれだけの人の想いを、夢を、希望を踏みにじることも、
恋人の為ならば厭わないのですね?」
「呪詛と怨嗟でこの身が朽ち果てても。
何度別れ、何十度すれ違い、何百年過ぎようとも。
ぼくはレティシアだけを想い、追い続ける。」
2人は思いの丈を言の葉に乗せながら戦う。
今、2人は敵であると共に、理解者にもなりつつあった。
「ぼくたちは、ギリギリまで協力することが可能ではないですか?」
アズライトは振り上げた拳を下ろし、そう提案した。
「このまま戦い続ければ、どちらが生き残ったとしても、大きなダメージを負うよね。
生き延びるために戦う者が、目先の勝利の為に消耗することは本末転倒だと思う」
「なるほど……ナミとあなたで殺し合うよりも、
その分のエネルギーと時間を他人に向けたほうが効率よく参加者を減らせる。
決着は最後につけよう。そういう考え方ですね。」
「冷たい言い方をすると……そうなるね」
自嘲するアズライト。
「合理的な判断です。ナミもその意見に賛成します」
ナミもまた、チェーンソーを下ろした。
「ナミはタイムリミットを迎えるその直前まで、あなたに攻撃的行動をとりません。
お互い効率よく参加者を殺害してゆきましょう」
「効率よく殺害、か……ぼくも君ほど割り切ることが出来たらよかったのにな」
アズライトは深く、溜息をつく。
―――この盟約を以ってして、今大会の二大災厄、アズライトとナミの戦いは終わった。
鬼作1
兄・遺作に見切りをつけ、山の方角を目指していた鬼作は、
近くに生えていた広葉樹の低木に姿を隠し、
その壮絶な第二ラウンドの一部始終を観察していた。
(ブルマといい、この2人といい……おれ達みてぇなパンピーじゃ太刀打ちできんぜ。
こりゃあ、遺兄ィに見切りつけて正解だったなぁ、おい。)
鬼作は興奮していた。
握り締めたその両手の爪が掌に突き刺さり、血が流れ出していることにすら気付かないほど。
(レティシア……ご主人様……恋人のため、皆殺し、ギリギリまで協力……)
記憶に残る印象的な単語を頭の中で反芻する。
(ククク……いい、いいじゃねぇか……ぐっとクるじゃねぇか……
残してきたスウィート・ハートに未練タラタラならよぉ、
このおれの懐柔と相性ピッタシカンカンじゃねぇか!!
たまんねぇなぁ、おい)
邪にほくそえむ。
「さようなら。ナミは西の方へ行ってみようと思います」
「じゃあ、僕はこの山の向こうへいってみるよ」
「殺戮、がんばってくださいね」
「……そうだね、迷いは吹っ切らないと」
アズライトとナミはお互い背を向け、それぞれの方向へ向かって歩き出す。
(迷ってる時間はなさそうだ。おれが利用すべきは……どっちだ?)
そして鬼作は、決断した。
死亡:【No.35 広田寛】
――――――――残り35人。