見えざる戦い
(1日目 5:48)
その男は、恰幅が良かった。
より正しく表現するなら、丸々と肥えていた。
てゆーか百貫デヴ。
まさに白豚。
……だが、感覚の鋭敏なキミになら、その滑稽な外見にそぐわない威圧感を、
不遜に歪んだ表情から読み取れるはずだ。
ただの豚ではない、と。
高町恭也と篠原秋穂は、東の森の中央に位置する開けた場所でそんな男に遭遇した。
37番 猪乃健。
かつてワープ番長と恐れられた男。
「俺達に戦う気はありません」
恭也が話し掛けると、ワープ番長は警戒の色を緩めず、こう答えた。
「ボクは、キミたち次第だ」
彼は続ける。
「ボクはね。気の合う仲間なら、大切にしたいと思っているんだ。
過去にとても大事な友達だと思っていたヤツにね、裏切られたことがあってね。
……タライで島流しされたんだ。
その失敗以降、ボクは人を軽々しく信用すべきではないと思っている」
「そうですか……では、どうしたら信用してもらえるのですか?」
「たとえばね。AM3:00。ボクは、徹夜で仕事をしている途中で腹が減って、
コンビニへ夜食を買いに自転車を走らせたんだ」
「??」
突飛な例えに、首をひねる恭也と秋穂。
「その時、なにげなく夜空を見上げたら、そこには一面の流星雨……
ぼくはその美しさに心震わす。
そして思う。この感動は独占してはいけないと。友と分かち合うべきものだと」
恭也はその情景を想像する。
深遠な宇宙と、煌く星々が織り成す壮大なファンタジー。
美由紀、なのは、フィアッセ……皆目を輝かせて喜ぶだろう。
「だからね、ボクはコンビニ前の公衆電話から、君に電話したんだ。
『寝てる場合じゃない、今すぐ起きて、空を見上げるんだ』とね。
さあ、君はどう答える?」
「ありがとう。俺もさっそく友人や家族に伝えるよ……ですね」
「それだ!」
ワープ番長は指をパチンと鳴らし、嬉しげに頷く。
「その気持ちが大切なんだ、キミ。
つまり、信頼とは―――互いの感性を共有できるかということ。
嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは共に泣く。
心の一体感こそが、信頼感なんだ」
恭也はその言葉に深く感動すると同時に、外見だけで猪乃に警戒心を持ってしまった自分を恥じた。
この人とならやってゆける。
「猪乃さん。あなたは正しい。是非俺たちと……」
「ちょっと待って」
……行動を共にして欲しい。
そういいかけた恭也の言葉を、秋穂が遮る。
「ちょっと結論を出すのを待ってくれないかな、高町さん。
私も1つ、聞いてみたいことがあるの」
「猪乃さん……っていったわね。きみが嫌いなものって何?」
「SCEだ」
即答する。
「ヤツラは記号論者だ。拝金主義者だ。ゲームの文化性を認めず玩具の括りに従属させる白痴共だ」
いまいましげに吠える。
「じゃあ、私もたとえ話をするわね。
あなたの友達がね、SCEの人とも仲良くしているの。」
「ありえない」
「その友達は君にこう言うの。
『猪乃、視野を広く持とう。SCEと仲良くすることは、君のためになる』」
「そんなことはいわない」
「心の底から君の為を思っての発言よ?」
「ボクの心を知る者が、ボクを不快にさせるわけがない。
キミはボクを怒らせたいのか?」
「わかったわ。あなたはこう考えているのね?
仲間はあなたの考え全てを否定しない。仲間はあなたの言うことを何でも聞く。
仲間はあなたを不快にさせない。そういう存在を指すのだと」
秋穂が言葉を紡ぐたび、猪乃の白い顔は、どんどん紅潮してゆく。
「猪乃さん。私たちはね、それを仲間とは呼ばないの」
秋穂は恭也に小太刀を手渡しながら、言った。
「奴隷って呼ぶのよ」
「キミはボクの仲間たり得ない。仲間でないものとは何か?
それは敵だ、エネミーだ!!」
ワープ番長はそう叫ぶと、秋穂に向けて突っ込んで来た。
「早い!!」
恭也は決して油断していたわけではなかった。
―――相撲太り。
あの志望の下には、相当な筋肉が発達しているはず。
そこまでは解っていた。
だが、これほどまでのスピードが出るとは誤算だった。
「エネミーはいらない!!エネミーは排除する!!
つまり!!エネミー・ゼロだ!!」
秋穂に向かって疾走するワープ番長の前に身を差し込む恭也。
ドドドドドドドド!!
ラッシュを、左腕と右足でそれぞれ受け止める。
「あれ?高町さん、猪乃さんどこへ行っちゃったの?」
「ねえ、高町さん。こっちを向いてよ!」
「高町さんってば!!もしかして怒ってるの?私が猪乃さんを挑発したから?」
「ねぇねぇ、無視しないでよ……。」
猪乃健。
彼が、何故ワープ番長と呼ばれるのか。
それは、常人が目視できないほどのスピードで移動できるからである。
「ワープ」したとしか思えないほどの。
そして、その攻撃を防御しきる恭也もまた、超人的といえた。
常人の秋穂は、今目の前で死闘が繰り広げられていることに気付かなかったのだ。
(ちょっと風が強くなってきたかな?)
そう感じる程度で。
戦いは続く。
ヒット&アウェイを繰り返し、恭也に攻撃させる隙を見せないワープ番長。
しかし、全ての攻撃は防御か回避している恭也のダメージも皆無といってよい。
2人がその気なら、いつまでもそうしていられそうだった。
しかし。
(このまま手を出せないでいると、俺の足に限界がやってくる……
かといって、秋穂さんに手を出させないためには、
俺が全ての攻撃を受けるしかなく……攻撃に転じる暇はない)
(どうする……秘奥義を出すしかないのか?
しかし、あれは手加減できないぞ。
重症を……当たり所によっては致命傷を与えてしまう……)
その思考が、スキを生んだ。
ワープ番長は2つほどのフェィントを重ね恭也を巻き、
背後で守られていた秋穂に向かって再突撃をかけた。
何が起きているのかわからない秋穂は、恭也に無視されたと思い込み、
ぷうとそっぽを向いてしゃがみ込んでいる。
―――守るべきものが、襲われようとしている。
もう、恭也に遠慮は無かった。
神 速 ! |
小 太 刀 御二 神刀 流 秘 奥 義 |
ワープ番長は、自分の真横に突如出現した恭也の姿に驚愕した。
自分を上回るスピードで、小太刀が振り下ろされる。
このままでは右鎖骨を、肩甲骨を確実に折られてしまう。
もしかしたら、肺まで潰されるかも知れない。
「ひ!」
既にかわしようが無くても、体は無意識の回避行為を取る。
(頼む、死なないでくれ。)
それは恭也の優しさの表れわれでもあったが……
同時に、必ず命中すると自信を持っているからこその思いでもあった。
しかし。
ぶおん!!
刀を振り下ろし切ったとき、ワープ番長の姿はそこに無かった。
彼はそのすぐ脇に、立っていたのだ。
「な―――」
恭也には信じられなかった。
自分の剣筋は完全に彼の肩口を捉えていたはず。
ならば。
(神速を避けたというのか!!)
満を持して放った神速がかわされる……
それは恭也にとっての拠り所、御神流の敗北を意味していた。
がくり。
膝から崩折れる恭也。
「高町さん!?」
「避けた……避けたぞ。ボクは。あの神のような速度の斬撃を!!」
どうやって避けたのかは彼自身にも定かでない。
しかし、極限状態に追い詰められたヒーローが新たな力に覚醒することは、
ある意味お約束といえばお約束。
ヒーローの器でないにもかかわらず、ワープ番長はそう結論付けた。
「猪……猪乃さん!? あなた、いつの間に……」
狼狽する秋穂を無視して、高揚した声で恭也に語りかけるワープ番長。
「キミは弱い。ボクには勝てない。脅威ですらない。
パワーアップしたこの猪乃健の、足元にも及ばない!!」
「……」
「だから、ここは見逃してあげよう。どこへなりとも失せるといいよ。
ボクは武士の情けを知る者だからね」
「……」
「さて、ボクはそろそろ行こう。ボクの仲間を見つけるためにね。
そして、あのいまいましい主催者を倒すためにね」
そう言い残し、ワープ番長は森の奥へ姿を消した。
「なに、あれは。ねえ、恭也……
くん……?」
恭也は膝をついたまま、微動だにしなかった。
―――ワープ番長はまだ気付いていなかった。
彼が「神速」からの攻撃を回避できたのは、所持アイテムによる恩恵だったということを。
『素早い変な虫』―――回避力を大幅に上昇させるアイテムの力で、辛くもピンチを逃れただけだと。