「よぉ兄弟、久しぶりだなぁ」
…と挨拶する間もなく死んでしまった
誇り高く品行下劣なおやぢ、
臭兄ィへの追悼

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(一日目 5:15)

 「臭兄ィ!!」
 「バカ、でけぇ声上げるんじゃねぇ!!」
思わず叫んじまったおれの頭に、遺兄ィは強烈な拳を落しやがった。
 「わ、悪かったよ遺兄ィ……」
ああ、そうだな。
大声なぞ上げたら、またあのブルマに見つかるかも知れねぇしな。
おれが迂闊だったよ。
でもよ、遺兄ィ……
あンた何でそんなに冷静なんだよ?
目の前に転がってる屍体は、おれ達の兄弟なんだぜ?

どうせ冷め切った兄弟仲だ。
涙をこぼせとまでは言わねぇさ。
でもよ。
 「フン、この役立たずが。」
自分の弟の屍体に唾吐き掛けるのはやりすぎだろう?

 「おい鬼作、ぼさっと突っ立ってんじゃねえ。行くぞ。」
 「行くぞって、遺兄ィ、臭兄ィは?」
 「そんなもンほっとけば、ウジがキレーにしてくれるさ。」
 「でもよ…」
 「でももだってもねぇ!」
うぐわっ、痛ぇ、痛ぇよ。
あンた、なに本気で殴ってんだよぉ。
 「おまえはおれのいう事を黙って聞いてりゃいいんだよ。
  ボサッとするな」
 「わかった、わかったよ遺兄ィ…」
 「とりあえず、遺作の荷物はお前が持っとけ。
  おれはこのナイフをいただく」


……そうだったよ。
あンた、そういうヤツだったよ。
いつでも自分のことだけ考えて、おれと遺兄ィを暴力で支配して。
ちょっと思い通りに行かないと、すぐおれと臭兄ィに八つ当たりして。
15年以上会ってねぇから忘れてたがよぉ。
おれも臭兄ィも、あンたが大嫌いだったんだよ。

あぁ… オヤジになった今だからこそ分かるぜ。
臭兄ィの美学ってヤツぁ、あンたの暴力を否定するところから生まれたんだな。
あンたの暴力に怯えている自分が許せなくてよぉ。
そこから脱却するために、自分のプライドを保つために、美学を産み出したんだな。
切ねぇ話じゃねぇか…

考えてみりゃ、臭兄ィにはいろんなことを教えてもらったよなぁ…
盗撮の仕方とか、追い込みのかけ方とか、縛り方とか。男の美学とか。
性行為よりも排泄行為を見られる方が絶望する女がいる、なんて、
臭兄ィに教わらなきゃ知らないままだったろうしな。
そういやぁ、おれの盗撮ビデオコレクションを見ながら、くせぇ息でハァハァしたあとよぉ、
 「デキスギ君じゃねぇか、おい、鬼作」
って、おれの頭を撫でてくれたよなぁ…
追い込みかけた女にさんざっぱら罵られて、悔し涙を流していたおれを、
 「その屈辱が大きいほど、陥としたときの快楽は大きいんだぜぇ」
って励ましてくれたよなぁ…


 「……作、おい、鬼作」
おっといけねぇいけねぇ、物思いにふけっちまったよ。
 「遺兄ィ、なんだい?」
 「そろそろ寝るとするからよ、見張り頼むぜ。」
 「ああ、分かったよ遺兄ィ。何時間交代だい?」
 「そんなもん決めてたら気持ちよく眠れやしねぇ。
  俺が起きるまで見張ってろ」
 「……わかったよ」

気持ちよく眠れやしねぇ?
また、なんともあンたらしい身勝手な理由だなぁ。
で、目が覚めたら「さっさと行こう」とか言うんだろ?
「おれの睡眠は?」とか文句言ったら、ぶん殴って言うこと聞かせるんだろ?

……けっ、もう寝付いちまったか。
どういう神経してンだろうね、この男は。
だけどよぉ、まぁ、おれとしては、この寝つきのよさは好都合だ。
たった今、あンたと別行動を取ることを決めた、おれとしては、な。

まぁ、腐っても兄弟だからよぉ、寝首は掻かないでおいてやるさ。
あンたの分の武器とバッグも、お情けで置いていってやるぜぇ。
おいおい、仏様みてぇじゃねえか、おれは。

じゃあな、遺兄ィ、いい夢見ろよ。


……臭兄ィ、おれは、またあンたから1つ学んだよ。
死んじまったら、女を抱くどころじゃねぇってな。
生き延びてやる。
臭兄ィの分まで生き延びてやるさ。

そのためにゃあ、まず、強いやつに取り入らなきゃなぁ。
なぁに、簡単簡単。
人をだまくらかして取り入るなんざ得意中の得意だし、
 「この島からの脱出法を知っている」
このハッタリの誘惑を退けられるなんざ、いやしねぇさ。


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