踊る鐘は絶望を告げて
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ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン……
真夜中の鐘が鳴り、眠れるものたちは目を覚ます。
そのいずれの首にも、鈍い光沢を放つ金属製の首輪がかけられている。
一人の少女が見なれぬ光景、非日常の現実に気付いたのか体を起こし、あたりを見まわす。
15メートル四方の薄暗い部屋に、雑多な人々が投げ出されるようにして身を横たえていた。
(え……?)
その少女―――ユリーシャは、状況が把握できずに困惑してしまう。
パン、パン、パン。
暗闇のなか、突然拍手の音が響いた。皆が一様にそちらへ振り向く。
薄暗い部屋の中、そこがおそらく上座なのだろう。
一人の男が玉座のごとき豪奢な椅子に腰掛けこちらを睥睨している。
男の名はザドゥ。知る人ぞ知る、闇の格闘王。
そして彼の後には4人の男女が直立不動の体勢で控えていた。
(なんだろう。あの人たち、すごく恐い)
感受性に富んだユリーシャは、その一帯から発散されるプレッシャーに押しつぶされそうになる。
そこで。
「お前達にはこれから殺し合いをしてもらう」
と、こともなげにザドゥが言い放った。
ユリーシャは己の耳を疑った。
他の皆も今告げられたことに多かれ少なかれ衝撃を受けているようだ。
ザドゥはそれを見て、愉快そうに「フン」と笑った。
彼は手にしたクリップボードに目を落とし、注意事項を無造作に読み上げる。
ここは絶海の孤島で、現在自分達がいる学校の他に様々な建造物があること。
この島にいるのは自分とその後に控える者達を含めて45人だけであること。
今から1人につき1つずつデイバッグが与えられ、
中には水と食糧、地図とコンパス、そしてランダムに選ばれた武器が入っていること。
首輪には爆薬が仕込まれており、反抗、逃亡を試みるのは無駄であること。
そして最後の1人になるまで戦うことなどを流暢に説明し、こう締めくくった。
「最後に残った1人は、この私の仲間にしてやろう」
そこまで聞いたとき、タイガージョーはやおら立ち上がりザドゥの言葉を遮って言った。
「この痴れ者がぁ! 己のために殺し合えとは何たる傲慢!?
漢たるもの己が命のかわいさに人後に甘んじる事が出来ようか?
否、否、三度否! 己の主はただ己のみ!!」
ザドゥはクリップボードを後ろの部下に放り投げた。
「6番、タイガージョーか。お前の『活躍』は聞いている。ウチの組織にも手配書が回ってきていたからな」
言って、ザドゥが玉座から腰を上げる。
たったそれだけの動作で、ザドゥから感じる威圧感が一段と強さを増した。
タイガージョーがまさに虎なら、ザドゥは百獣の王・獅子の風格をそなえている。
タイガージョーは戦慄すると同時に、久しく忘れていた高揚感を覚えながら、ゆっくりと構えをとった。
「お前は間違い無くこのゲームの優勝最有力候補の1人。惜しい素材だが、しかたあるまい」
ザドゥは身につけていた豪奢なマントを外すと、部屋の中央に進み出てタイガージョーに相対する。
「戯言は終わりか? …ならば行くぞ! 閃真流人応派の真髄、その身でとくと味わうがいい!」
タイガージョーは高らかに宣言すると、ザドゥに踊りかかった。
猛虎の拳が一閃する。ザドゥは身をひねってギリギリでかわすと、そのまま鋭い廻し蹴りを見舞う。
タイガージョーは素早く跳び退り、これも間一髪で逃れる。続けて苛烈な技の応酬が始まった。
「ぬええいっ!!」
「りゃあっ!!」
突き、組み打ち、薙ぐ。払い、避け、弾く。
せめぎあう二人のすべての動作は、より速くより力強くと、長い年月をかけて練り上げられたものだ。
参加者の中には相当な手練れも少なくなからずいたが、
この両者の攻防を目で完全に追いきれる者は一人としていなかった。
そして誰もが、この激しくも華麗な舞踏をただ見守ることしか出来なかった。
「チッ、あのヤロウも虎男も、なんて速さだ。このオレ様の目でも追いきれねえ」
誰に言うでもなく、思わず口に出たという感じで、傍観者の一人が呟いた。
やがてタイガージョーが距離を取った。ザドゥは悠然と構えている。両者とも呼吸に全く乱れは無い。
(この男の拳には、熱い漢の魂がこもっている)
タイガージョーは奇妙な違和感を感じていた。
彼が交わした拳から得た敵手の印象は、このゲームの残虐きわまる内容と、どうしても合致しない。
だが、たとえいかなる事情があろうとも、このような非道を見過ごすことは出来なかった。
彼の背後には、戦う牙を持たない、年端のいかぬ少女も多くいるのだから。
(こうなっては最早かける言葉はなし。ただ拳で語るのみ!)
タイガージョーの身体中に、力強い『気』がみなぎる。
「閃真流人応派奥義、地竜! 鳴・動・撃!」
大音量の雄叫び。室内の幾人かが思わず耳を押さえる。
タイガージョーの真下に向かって突き出された拳は、
床板をぶち抜き、その下の大地に猛烈な気合を叩きこんだ。
そして。
ドホオゥアッ!!!
瞬き一つの間もなく、ザドゥの足元が爆発した。
地脈を通じ、増幅された『気』の奔流がザドゥに襲いかかり、土砂と床板の破片が吹きあがる。
その時すでに、タイガージョーは音も無く滑るように、横合いから距離を詰めていた。
土煙の中に影を確認し、固く握った右の拳に渾身の『気』をこめる。
今の爆発では、敵にほとんどダメージはないだろう。
だが、屋内で奥義『地竜鳴動撃』の威力が落ちるのはもとより承知の上。
土煙にまぎれ、この本命を叩きこむための前フリにすぎない。
そしてすかさず、空高く屋根をぶちぬくほどに蹴り上げ、
奥義『鳳凰天舞』で勝負を決めるつもりだった。
「せいりゃあああああぁっ!!」
気合一閃、タイガージョーの突きが放たれた。
一分の油断も過信もない。まさに最高の一撃である。
だというのに。
次の瞬間、タイガージョーは強烈な打撃をくらって吹き飛んでいた。
予想だにしない完全な見切り、そして完璧な返し技だった。
(バカなっ!?)
しかし胸部に残った痛みをこらえ、タイガージョーはすぐに戦闘態勢をとりなおす。
受けたダメージは決して小さくなかったが、強化された自分の身体なら、まだまだ十分に戦える。
彼は一瞬で冷静さを取り戻し、力強く一歩踏み出す。
ぐらり。
その足元がふらついた。もう一歩。酔っ払いのように身体が左右に揺れる。
(こ、これは…!?)
なんとか両足を踏みしめ、タイガージョーは自身の異変に慄然とした。
彼の『気』の巡りは完全に狂わされ、戦うどころか、まともに歩くことすら困難になっていたのだ。
たちまち呼吸すらおぼつかなくなり、構えがとかれる。
その時、薄れつつある埃の中から、男の姿が現れた。
ザドゥは埃にまみれ、バトルスーツにいくつか裂け目があったものの、ダメージはまったく受けていなかった。
うす汚れてなお増す迫力。彼はゆっくりとタイガージョーに近づいていく。
「き…きさ、ま…」
孤高の虎は、敵手の前に棒立ちになり、無防備な姿をさらしながらも、
いまだ両眼にみなぎる闘志を失わなかった。
震える右手を握り締めて、さらにもう一歩。
「……惜しいな」
それはザドゥの本心からの賛辞。
刹那、彼は身を沈ませ必殺の一撃を放つ。
「だああぁぁっ!!」
ケタ外れの『気』がこめられた掌底──ザドゥ最強の技『狂撃掌』──を叩きこまれ、タイガージョーの意識は断たれた。
彼の長身がたやすく吹き飛び、壁面に激突。砕けたコンクリートが飛散した。
無言で膝を折り、ついで倒れ伏したタイガージョーの姿は、まるで王者に跪く臣下のごとく一同の目には映る。
そして、伏した猛虎は二度と立ち上がらなかった。
死亡:【No.06 タイガージョー】
―――――――――――――残り39人。